2つの呪縛で市場が思考停止

10年5月6日のニューヨーク株式市場は、ギリシャの財政危機の影響が他のユーロ諸国にも波及するのではとの懸念が強まり、一時、ダウ工業株30種平均株価が前日比998ドル50セント安まで急落した。実はそのとき、株式で資金を運用しているファンドマネジャーたちの頭のなかは売り一色に染まっていた。もともと彼らは金融のプロを自負していた人のはず。もっと柔軟な対応ができたのではないか。なぜ、彼らの思考が売り一本槍に硬直化してしまったのか。

同志社大学大学院
ビジネス研究科教授
浜 矩子

1952年生まれ。一橋大学経済学部卒業。75年、三菱総合研究所入社。ロンドン駐在員事務所所長などを経て、2002年より現職。各メディアで経済政策などに関する鋭い提言を行う。『グローバル恐慌』など著書多数。

この点に関して、ユーロ危機について早い時期から警鐘を鳴らし続けてきたエコノミストで同志社大学大学院ビジネス研究科の浜矩子教授は、ファンドマネジャーを思考停止状態にさせる2つの“呪縛”の存在を指摘する。

「その1つ目が、ファンドマネジャーたちが財政に不安のあるギリシャの国債を大量に抱えていても、きっとなんとかなるだろうと考えて問題を先送りしてきた現実逃避の心理なのです」

ギリシャの財政危機は、09年10月に発足した中道左派政権が前政権の統計処理の不備を指摘し、GDP(国内総生産)比6.8%とされていた財政赤字が12.7%に達しそうだと発表したことで発覚した。つまり、この時点で同国の財政が大きく傷んでいることは、誰の目にも明らかであったわけだ。

しかし、ファンドマネジャーたちはギリシャの国債を大量に組み入れた自らのポートフォリオを見直そうとはしなかった。「すぐ財政再建が図られるだろう。なんとかなるさ」という心理が働いたからである。やがて、リスクがどんどんと顕在化していき、それが現実逃避の心理の許容範囲を超えたとき、狼狽売りを引き起こす要因へと一気に転じる。

「もう一つが『わかっちゃいるけど、やめられない症候群』です。皆が狼狽して売っているときに我慢し続けることができれば、逆張りで儲けるチャンスかもしれないと頭のなかでわかっていても、どうしても売らざるをえない心境に追い込まれてしまうのです」

ファンドマネジャーが株式や債券などで運用している資金は投資家から預かったお金。いくら「いま売るのは間違いだ」と思っていても、それが100%正しいとはいい切れない。その心の隙間に「なぜ売らなかったのかと後で投資家から責められたとき、納得させられるだけの確たる根拠があるのか」といった考えがつけいる。その結果「金融パニック、皆で売れば怖くない」となる。