2012年7月27日(金)

クルマエビ――かつては東京湾に打ち寄せられた時代もあったが……

dancyu 2012年8月号

福地享子=文
【つくり方】
エビ屋さんの言うことには、おいしくて飽きのこない食べ方は、塩ゆで。飽きる、などと言える分際ではないけど、活けの天然クルマエビをゆでてみた。色はもちろん、きれいな「つ」の字に。これが、鮮度のよさならではの特徴。

築地で働きはじめたころ、「東京湾の天然のクルマエビが入荷する」と聞いて、のけぞるほどに驚いた。摩天楼に地下街、都市化するいっぽうのこの街が抱く海で、まさかクルマエビがとれるなんて。

でも、ちょっと考えてみれば、江戸前の天ぷらもすしも、クルマエビは欠かせぬ存在。東京湾の恵みで誕生したのが江戸前であり、クルマエビの残党が今に命をつないでいても不思議ではない。

その後、戦前から戦後の東京湾を知るひとたちに、夢のような話を、いっぱい聞かされた。

海が荒れた翌朝、浜に出ると、藻にからまったクルマエビが打ち寄せられており、無造作に焼いておかずにしたこと。

ディズニーランドにわく浦安で、海が埋め立てられる以前、港にはクルマエビ漁の打瀬船が100隻。打瀬船とは、帆を張った漁船で、夜行性のクルマエビに合わせて、宵に出漁、明け方もどると、築地へ運んだという。

そんな歴史を残し、築地市場のエビ屋の看板商品は、なんといってもクルマエビだ。どの店も水槽を持ち、そこにピチピチと跳ねるクルマエビがいる。かたわらには、あがり、と称する死んだクルマエビ。さらに頭を落としたものも。頭を落とすのは、そこから傷むからだ。あがりでも、直後のものなら、味は上々。半値近くになるから、お得な買い物だ。私なんて、いつも頭なし。天ぷらにすれば、晴れの御馳走。と、わがお財布状況が、私にそう思え、と命じている。

現在、クルマエビのほとんどは養殖ものだ。養殖が普及したのは、1970年代後半。熊本や沖縄、さらに中国でもさかんで、かなりの量がやってくる。中国産なんて、妙に元気なんですよね。

天然、養殖の流通量を比較すると養殖7、天然3の割合。その3を埋める産地は、東京湾なら富津や竹岡、小柴など。愛知、三重、瀬戸内海、大分や熊本など九州。日本各地でとれるけど、それぞれの量が減っていることにほかならない。

天然クルマエビが入荷するのは夏。養殖と天然、水槽で蠢くそれを較べると、明らかに天然がまさっている。車の車輪のような輪は鮮明で、色つやの美しさときたら。惚れ惚れするほどだ。また、味に大差はない、とされているけど、ゆでて味わえば、やはり違う。天然は、甘味こそおとなしいが味に奥行きがある、鼻に柔らかく抜けていく余韻もすばらしい。

天然のクルマエビが消えていったのは、乱獲、そして産卵場である藻場がなくなったためだ。今後も、養殖に、あるいは海外のさまざまなエビに頼らざるをえない状況だけど、せめて「3」という割合だけは死守できないものだろうか。

この連載記事のバックナンバー
トップページへ戻る

福地 享子

かつて女性誌の編集者、その後、築地の鮮魚仲卸「濱長」の看板ネエサンとして大活躍。現在は築地の書庫「銀鱗文庫」役員。ここを拠点に、築地を走り回っている。