中国でシャネルに並ぶ高級ブランドに育ったラコステ

その逆をいったのがラコステだ。フランス人のテニスプレーヤー、ルネ・ラコステが創設したワニのマークのブランドは、日本では80年代に一世を風靡したが、現在はポロシャツのブランド程度の認知度しかない。ところが、「タイム」誌(2007年10月)が報じた中国でのラグジュアリーブランドのアンケート調査結果では、シャネルやロレックスに次いでラコステがベスト3に入ったのだ。

中国でのラコステの快進撃を支えているのが、ストーリー仕立てのパブリシティだ。00年代の10年間、ラコステのデザイナーを務めた若手のクリストフ・ルメールがラコステのファッションを大きく向上させたが、その際に「貴族のスポーツであるテニスブランド」というストーリーを訴求した。日本ではテニスの価値は下がっているが、中国では貴族やセレブに愛されるステータスの高いスポーツとして受け止められている。ラコステは、このイメージをうまく使ったのだ。

新設された上海テニストーナメントの公式スポンサーになるとともに、ラコステが参加するニューヨークコレクションにアジア圏の華人系ファッションエディターを招待した。彼らはみなルメールの冴え渡ったファッションを前に、「ラコステブランドはすごい」と書き立てた。CMではなくパブリシティを重視した戦略の勝利である。

先日、フランスのリヨンとパリで講演したときにこの話をしたら、フランス人は誰もが「信じられない」「ラコステはラグジュアリーじゃない」と反応した。日本やヨーロッパにおける既存イメージを一切踏まえず、テニスとファッションを結びつけ、一つのストーリーを引っさげて中国に進出し、信じられないような大成功をおさめたラコステ。これこそ、ラグジュアリー戦略そのものではないか。

ラグジュアリー戦略を推し進めていくうえでもう一つ欠かせないのが、国籍を明確に打ち出すことだ。国籍のないラグジュアリーなどない。日本らしさを背負うキーワードとしては、禅の精神やわび・さびの世界、武士道や礼節、「カワイイ」といったキーワードが挙げられるだろう。

禅の精神で成功しているのが、フランスのMUJI(無印良品)だ。「わけあって安い」「無駄を削ぎ落とす」というコンセプトが禅のイメージと重なり、関税などによりフランスでは日本よりもかなり高い価格で販売されているにもかかわらずインテリ層に熱烈に支持されている。

もっとも、それは、もともと禅が「ZEN」としてフランスに普及しているという土壌があってのことである。日本人は誰もそう思っていないのに、フランス人はいわば勝手に無印良品に「ZEN」の精神を感じ、MUJIは高級感のあるブランドとして市場に受け容れられたのだ。

私は日本らしさを訴求するには商品を通して「卓越した品質」や「品質への求道」を感じさせるのが一番だと考えている。化粧品が好例だ。

いまアジアでは資生堂をはじめとする日本ブランドが品質の高さで高い評価を受けている。現地では、わざわざ日本語のパッケージのまま、直輸入であることをアピールして販売しているが、それは日本製品イコール高品質というイメージが定着し、ブランドになっているからだ。そこに「すべすべ色白肌の日本女性への憧れ」も加わる。思えば、ルイ・ヴィトンやエルメスもそうだった。高品質とその国の薫りはラグジュアリー戦略の強い武器だ。

インドで普及している日本のレトルトカレーも同様のケースといえよう。経済成長著しいインドでは共働き夫婦が増え、以前のようにスパイスを何十種類も使ってカレーを煮込む家庭が減っている。そこにうまく浸透したのが日本のレトルトカレーだ。価格としては割高だが、作る手間が省けて、そのうえ味もいい。「インド人もびっくり」する日本的創意工夫に満ち、利便性の高いレトルトカレーがカレーの本場であるインドで評価されているという現実に、私は日本製品の限りない可能性を感じずにはいられない。

日本の企業、とりわけ地場伝統産業のこだわりのモノづくりには世界に評価される素地がある。むしろ、失うものがないほど衰退している地場伝統産業こそ、ラグジュアリー戦略による再生の可能性は高いのではないか。パリの老舗にすぎなかったルイ・ヴィトンにできたことが日本の企業にできないはずがない。

(構成=三田村蕗子)
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