「MITで原子力を」「いいね」

初めて組む日本人に興味があるらしく、アビーはあれこれ質問してきた。

「お前、いつ入った?」

「2週間前です」

「ビジネスはどこで勉強した?」

「エンジニアをやってましたから、勉強したことがありません」

「そうか、まあ俺も似たようなものだ(アビーはスタンフォード大学でMBAを取る前にエンジニアをしていた)。お前はどこで何を勉強したんだ?」

「MITで原子力を勉強していました」

「いいね」

どうやらユニークな経歴を気に入ってもらえたらしい。そのうちに結婚話になった。カミさんと一緒にサンフランシスコに来て、ホテルにほっぽっらかしてきたことを説明した。チェックインしたホリディインは事務所のすぐ近くで、アビーの部屋から見下ろせる。

サンフランシスコでの奇縁。大前さんの上司と大前夫人は同郷だった。写真はその町、ペンシルベニア州ニュータウンの紹介サイト。http://www.newtownpa.us/

「奥さん、なに人?」

「アメリカ人」

「どこの出身?」

「ペンシルベニア」

「おい、俺もペンシルベニアだぞ」

カミさんはペンシルバニア州のバックス・カウンティという小さな郡の、これまた超田舎のニュータウンという人口2600人の小村の出身だ。それを聞いてアビーは飛び上がった。

「だから俺もニュータウンだって!」

カミさんの実家まで知っているというから、今度はこちらが驚いた。アメリカで初めて出合った仕事仲間が自分の妻と同郷なんて、ほとんど奇跡に近い。

大盛り上がりのアビーは、その場でホリディインにいるカミさんに自分で電話した。

「ちょうど窓から見えるよ。今、手を振っているけどわかる?」などと電話片手に窓に張り付いている。

同郷の“よしみ”というやつなのか、話し始めたらいつまでも電話が終わらない。こっちがほっぽらかしである。

衝撃的な出会いからアビーとは仲良くなって、夫婦共々今も付き合いが続いている。彼は引退後、カリフォルニアワインの名産地として知られるナパバレーで巨大なワイナリーを経営している。

テッド・ホールというサンフランシスコ事務所の所長もそうだし、ヒューレットパッカードの元会長、ルー・プラットもワイナリーをやっているから、スタンフォード出の成功者はワイナリーをやるのがステータスなのか、通例らしい。

こうしてボブ・ウォーターマンとジェイ・アビーと私の3人のチームで、ある日本企業のアメリカ進出をコンサルティングすることになった。

次回は「初仕事はサンフランシスコ(後篇)」。7月9日更新予定です。

(小川 剛=インタビュー・構成)