第四章で見てきたように、サクラのフィルムは桜の花とイメージを合致し、ピンクがかったソフトな仕上がりが思い浮かぶのに、富士のほうはごく自然な青い空と、白く輝く富士山頂のイメージが浮かぶ。(中略)

また富士の選んだフィルムの外箱の緑(サクラは赤系統)は自然色の代表でもあり、結果的に自らのフィルムイメージをさらに向上することとなった。人々は、目隠し(ブラインド)テストでは両者の違いなど全くわからなかったのに、どういうものかサクラフィルムのプリントの仕上がりが赤味を帯びるのではないかと錯覚してしまったのだった。

企業にいったんこの種のイメージが定着してしまうと、製品のブランド・ネームから包装に至るまで、独自性の象徴をすべて変えない限り、イメージの転換はきわめて困難になる。加えてこのイメージ・チェンジは、一般にゼロからのやり直しを意味する。

かといって、現在のイメージを維持するとすれば、悪循環に陥る結果を招くだけだ。市場シェアが低下し、それがさらに顧客の抱くイメージを悪くする。そしてそれがさらにシェアを減らす、ということになる。

なかには、極端なケースだが、メーカーが本当は振り落としたいイメージをそのまま保持し続けるという場合がないでもない。エクソンはいまもなお、日本で“エッソ”を名乗っている。それは“クソ”という音(おん)が、今日でも上品な社会では自由に使われていないある英単語と同じ意味を持つ日本語に通ずるからである。