意図せぬ「休暇」が天才を生む

 サイエンスライターの竹内薫氏の著作『天才の時間』(エヌティティ出版(2008年))をご存知でしょうか? マギル大学大学院の博士課程で高エネルギー物理理論を専攻した氏は、相対性理論や超ひも理論といった物理学の解説本を数多く著す一方、『99・9%は仮説 -思いこみで判断しないための考え方』(光文社新書)など、モノの見方・考え方に対する注意喚起を主眼とした著作も多く、冒頭の『天才の時間』もまた、そんな後者の著作群のひとつです。

トーマス・エジソンは「天才とは1%のひらめきと、99%の努力である」と言いました。天才とは、「努力」の積み重ねの賜物に過ぎない、というのです。しかし、多かれ少なかれ、みな努力していることもまた事実です。では、天才と凡人、彼我の差はどこから生まれるのでしょう? 努力の「タイミング」や「仕方」に差があるに違いない、という仮説を持った竹内氏は、アイザック・ニュートン、アルベルト・アインシュタイン、スティーヴン・ホーキング、チャールズ・ダーウィン、シュリニヴァーサ・ラマヌジャン、グレゴリー・ペレルマン、マウリッツ・エッシャー、イマニュエル・カント、ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン、カール・グスタフ・ユング、宮澤賢治、鈴木光司、北野武、という13人の天才たちの共通項を探ってみたところ、面白いことに気がついたそうです。

竹内氏の発見: 天才には、不思議と共通して、「天才の時間」とも呼ぶべき「休暇」が存在する。

ワークライフバランス(Work-Life Balance)が大切だ、ということ? 「休暇」を取らないと、良いアイディアは生まれない、ということ? いや、そういうつまらない話ではないのです。古今東西の天才たちの人生を振り返ると、人生のある局面において、幸か不幸か雑事から解放され、一つのことに集中せざるを得ないような「熱中時間」が「天」から与えられているのだそうです。この「熱中時間」のことを、竹内氏は「雑事からの解放」という意味で「休暇」と呼んだのです。天才とは、「天賦の才(天が与えた才)」という意味ですが、天が与えるのは、実は「才能」ではなくて、ものごとに集中することのできる「熱中時間」である、というわけです。言いかえれば、天から与えられたこの貴重な「休暇」を単なる暇つぶしに使ってしまうのが凡人であり、それを確実に掴み取って「熱中時間」にできる人が天才、ということかもしれません。

例えばアイザック・ニュートン。彼にとっての「天才の時間」は大学時代の20ヶ月。大学に在籍した当時、ロンドンでペストが大流行し、ケンブリッジ大学も休校になり、仕方なく故郷に帰ります。そこからの20ヶ月、特にすることもないニュートンは、有り余る時間を「熱中時間」にあてました。まっさらなノートに、最初は読んだ本の要約メモを書きこみ、少しずつ、そこに自分のアイディアを書きこみ、更にそこに計算を書きこみ、・・・、この20ヶ月(1665~66年)の間に、なんと、彼が残した殆ど全ての理論、微分積分学、力学(重力理論)、光学、の「卵」を完成させたのです。

例えばアルベルト・アインシュタイン。彼にとっての「天才の時間」は大学卒業後の1年間。彼は教授から嫌われたため助手として採用してもらえず、友人のコネで特許局に就職(1902年)します。仕事は午前中に全て片付いてしまうほどの量しかなく、午後は全く暇でしたが、暇なときに遊び歩くのでなく、1年間、自分の理論についてずっと考えていたそうです。こうして「卵」を温め続けた結果、ついに、1905年「奇跡の年」が到来します。この年、特殊相対性理論、ブラウン運動の理論、光量子仮説を発表し、光量子仮説では、後にノーベル物理学賞を受賞しました。