すでに述べたように、三枝さんは個別具体的な経験や事象の論理化を通じた戦略づくりを重視しているが、一方で「熱き心」が経営者には不可欠と言い切っている。GEのジャック・ウェルチがバブル崩壊後の日本企業に向かって、「事業と恋に落ちるな。ダメなものはさっさと売ればいい」とインタビューで語ったのを聞いた三枝さんは、「軽蔑の気持ちでいっぱいになった」。彼は言う。「一体この世でどれほどの新商品や新事業が、それに『惚れ込み、恋に落ちて、人生を賭けた』開発者や事業者たちによって、ときには塗炭の苦しみの中から、最後の成功の陽の目を見たことであろうか」。

三枝さんの話に耳を傾けていると、実行にかかわる人々の熱き心を刺激するということが優れた戦略に必須の要素であるということを痛感する。そのためには、まず戦略がシンプルなストーリーでなければならない。シンプルなストーリーになっていれば、現場の人間が「これならできる」「自分たちも手伝いたい」と思える。ただ、シンプルなだけではだめで、話のスジが通ってないといけない。つまり、論理である。戦略ストーリーは、部署と部署をつなげ、顧客や競争相手といった社外まで到達しなければならない。そのためには誰もが納得するような強いロジックを備えている必要がある。

パッションとロジック、どちらも必要なのだが、要は順番の問題である。起点には人間のパッションがなければならない。しかしパッションだけでは商売は動かない。だから論理が必要になる。しかし、パッション不在の論理だけが先行してしまうと、あとからパッションを鼓舞しようとしても無理がある。パッションは後づけがきかないのである。

パッションが起点にあり、それを論理で後押しするのが優れた戦略ストーリーである。たとえば、「勝ちの兆候」を早く見せることができるのが優れた戦略ストーリーだと三枝さんいう。なかなか成果が見えないと、疲労感や猜疑心が出てきて、実行が頓挫してしまう。そうならないために、ストーリーの中に早いタイミングで一定の成果を全員で体験できるような「仕込み」をしておく。三枝さんの言葉でいう「アーリーウィン」である。アーリーウィンはサプライズではない。はじめから意図してストーリーに仕込んでおき、それを公言しておく。全員で有言実行体験をするのである。「ほら、ストーリーが狙いどおり動いているじゃないか!」「おお、ほんとうだ!」と手ごたえを確認することによって、実行が加速し、ストーリーが前に進んでいくという。この辺は経営者としての長年の経験がなければ決して出てこないコクのある話である。

『「日本の経営」を創る』というタイトルにあるように、三枝さんと伊丹さんは「真の日本の経営」「強い日本の経営」とはなにか、という大きなテーマを射程に入れた議論をしている。「創って作って売る」の一気通貫の経営は日本でこそ活きるのではないか。これが三枝さんの実体験に裏打ちされた主張である。「創って作って売る」を丸ごと任せ、自分たちでストーリーを考えてやらせたら、くすぶっていた人びとの目の輝きが変わって、すごい仕事をするようになる。目標意識を持つといままで他人事としてやっていたことを自分事としてやるようになる。三枝さんは事業再生の仕事を通じてそうした瞬間を何度も見てきたという。「入り口では8割が戦略、終わってみれば人間関係8割」という因果律が三枝さんの引き出しには入っている。