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民主党幹事長 輿石 東(こしいし・あずま)
1936年、山梨県生まれ。58年 都留短期大学(現・都留文科大学)卒業後、小学校教員に。84年山梨県教職員組合執行委員長。90年衆議院議員に初当選(社会党)。 96年旧民主党入党。98年参議院議員に初当選。2006年党参議院議員会長。11年民主党幹事長。


 

出だしは衆議院だったが落選。鞍替えして参議院。しかし、ここに権力への階段が隠れていた。いまや参議院のドンと言われる。

もともとは小学校の教員だ。支持基盤は日教組。1990年、社会党から出馬し初当選。旧民主党の立ち上げに参加するも、小選挙区制が導入された96年の総選挙で落選。その後、98年の参議院選挙で鞍替え当選して参院幹事長や議員会長を歴任した。

2007年の参院選で民主党が過半数を獲得して「ねじれ国会」となり、参議院の発言力が強まったことで輿石氏への注目度が高まる。当時の代表、小沢一郎氏を支えて信頼され、その「虎の威」もあって影響力も大きくなる。日頃から「小沢氏抜きの民主党も、政権交代もない」と忠誠を尽くした。

しかし、小沢盲従ではない。組合出身ということもあり、輿石氏が優先するのは「組織の論理」だ。トップに従い、上意下達を徹底する。だから「反小沢」の野田佳彦総理にも仕えることができる。総理も輿石氏の組織論を信頼している。消費税を巡り、5月から総理と小沢氏の間に入っての調整役だ。

党の結束に欠かせない存在となったが、記者には横柄だ。「うるせい!」「知らねえ!」「帰れ!」。ご機嫌斜めだと怒鳴り散らす。しかし、自ら記者に電話をかけて、発言の反応をうかがう繊細さも併せ持つ。一方で、政策論や政治信条を口にすることはない。ある民主党議員曰く「見事な組織人だが、政治家としての中身はない」。総じて評すれば、「サラリーマン」「歯車」「滅私奉公」といったところか。

なぜこの人が実力者なのか、不思議に思う人も多いだろう。目立たぬ理由は、どこにでもいるサラリーマンのようだから。それでもキーマンなのは政治家がサラリーマン化したからだ。