2012年6月22日(金)

アナゴ――通年入荷するが、梅雨に入ると江戸前が旨い

dancyu 2011年7月号

大塚常好=構成 市来朋久=撮影 塩出尚子=撮影協力

台所の包丁さしに、ふだん使いの洋包丁や出刃にまじり、使わずの小出刃がある。刃渡りが10センチにも満たないのは、かつての持ち主が日に何度となく研いでいたせいだ。手になじむように、柄は折れそうなぐらい細く削ってある。

私の元にやってきて10年。それまでは水仕事でふやけて大きく膨らんだ手に握られ、河岸でアナゴを割いてきた包丁である。

梅雨に入ると、江戸前のアナゴががぜんよくなる。漢字で穴の子と書くように、寒い時期は泥穴に潜り、おとなしくしているが、暖かくなると動きが活発になり、餌を食べあさる。きょとんとした目の愛嬌顔だが、口をあければ鋭い歯が並び、なんでも咀嚼してしまう。そうやって、身に脂がのってくる。

「やっぱいいやぁ、江戸前は。包丁のすべりが違う」と、包丁の持ち主は、よくそんなことを言っていた。冬場は九州対馬、お盆の前後からは常磐や宮城県松島、足りない分を安い価格で補う韓国産と、すしや天ぷらの主材料だけに、四季を通じて入荷するアナゴ。

しかし梅雨の時期、上物のすしや天ぷら職人が狙うのは江戸前物と決まっている。入荷日は週に2回しかなく、ことに羽田や子安、小柴産となると、値は張っても売れる。身質がとにかくいいのだ。しっとりとして脂の質がよく、味に奥行きがある。そこで包丁の持ち主も、江戸前物を割くおりは、なにやらご機嫌だったのである。

「ちっこいヤツはメソっていってな、天ダネだ。すし屋が使うとすれば一貫づけだけど、ま、だいたいのすし屋は切りつけて使うからな。ま、200グラム以上。デカイほうが脂ののりもいいしよ」

アナゴの講釈を聞かせながら、みごとな包丁さばきを見せてくれたものだ。

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