問題は、いまでは人口のわずか七%になってしまったマイノリティー(農民)という少数派に圧倒的に有利な政策がどうして永続し得ているのか、ということである。反対に、いまでは人口の大部分を占めているサラリーマンや都市の労働者にとってまったく不利な政策が、多数決原理による民主主義体制下で、どうして採用できつづけているのだろうか?

一つには、両者が土地をめぐってこれほど利害対立しているという構図が、政策論争当事者によって十分に描かれていなかったこと。二番目に、都市の給与所得者は高度成長の波に乗り給与が上昇していたために、絶対的不満というものにはつながらず、農民や医者のほうが良い生活をしているという相対的観察ぐらいに留まっていた、ということ。第三に、今の政策立案が、基本的には圧力団体指向の陳情立法制度である、ということ。このため、団体としてまとまりやすい農民の要求は通るが(オレンジ輸入反対などはその好例)、結束力のないサラリーマンの要求は審議の対象にもならない――ということがあげられよう。

ある国会議員に給与所得者の不満をぶっつけていたら、「そんなにまで思うのなら、なぜまとまって陳情に来られないのですか」と言われた。ここに、議員諸先生の政策立案に当たるときの嗜好性が如実に出ている、とは言えないだろうか。