そこで考えなければならない“悪”が、もう一つある。臆病という病気である。

経営管理者の地位にある、あまりにも多くの人たちが、自力でタイミングのいい決断を下せずにいるようだ。ある者は、他人の判断に依存して出世の階段を昇ってきたようだし、ある者は、不可欠の基本的情報を欠いているか、でなければ、手にした情報の意味を正しく分析する能力を欠いているのではないか、と疑いたくなる。

けれども、有能で情報にも通じ、分析力のある人間だからといって、安心だとは限らない。そんな人物でも、細事にこだわる完全主義者になってしまうおそれが十分にあるのだ。人間は、だれしも安全至上主義の虜になり、これこそ事実なのだと言い切ることが恐しくなる可能性を持っているのである。

この恐怖の裏には、知性がもたらす臆病さがある。この病気にかかると、断定的な答は何もかも信じられなくなり、問題はあまりにも複雑かつ多面的で、すぱりと割り切れる解決策などありえないという、絶望的な受け止め方をするようになってしまう。これが、勝手にそう決め込んでしまった敗北主義の典型的な例であることは、いうまでもない。

一〇パーセントの誤りの確率を恐れるあまり、細かなことに神経を使いすぎて、いつまでたっても全体的な判断ができない傾向がある経営管理者たちには、それなりの簡単な治療法がある。