数が減るというのは、利用者にとって選択の余地がなくなることを意味する。日本では12ほどあった非常にカラフルな都銀がいまや退屈この上ない3つに収斂された。

残った3つの銀行は、合併や再編成でスケールこそ膨らんだものの金融庁のご機嫌取りの自己チュー銀行ばかりで顧客サービスなど二の次、利回りのいい金融商品など出さない。いまは総額140兆円もの金が貸し出されないまま金庫に眠っている。しかも倒れたら国にケツを拭いてもらえるとでも思っているから、サラ金会社を買い漁るなどやりたい放題。超低金利の恩恵を受けて史上最高益を挙げながら国民に還元するでもなく、今度はモルガン・スタンレーに出資。私に言わせれば、出資よりも国民への挨拶のほうが先だ。

しかも三菱東京UFJ銀行の場合、最後の段になって普通株ではなく(損金計上しなくて済む)優先株取得に日和ったため、経営権は握れない(実際には後日12%までの普通株転換は可能だが、資金を入れたときの時価で買っていれば3分の2以上の支配権が握れた勘定になる)。もっとも買った側より給料が3倍も高い社員を使いこなすことなど到底できないだろうから、利回り狙いの救世主、というのは三菱には相応しい役割に違いない。

一方、リーマンの人材を買った野村証券にしても、1000億円を用意して2年間も高給を保証、2年勤務したらボーナスまで出すというのだから、雨宿りのために高級ホテルのスイートを使わせるようなもの。投資銀行の社員というのは給料を保証しないからシャカリキに仕事をするのであって、これでは仕事などするわけがない。

顧客を忘れたメガバンクによる寡占は、同時に銀行がサービス産業でなくなる日となる。寡占は傲慢を生む。傲慢な銀行は、貸し渋りや貸し剥がしをして経済を窒息死させる。