新しい利用シーン提案で線香の売上が3倍に

「社会的な価値」がこれまでに存在していなかったのかというと、そんなことはありません。ソーシャルマーケティングやCSR、企業メセナといったものが昔からあるわけです。しかしこれらは、悪くいってしまえば「とってつけたような取り組み」であり、企業が本業そのものから提案する製品、サービスにはうまく織り込めていなかった。「どこかで木を植えました」あるいは「公害に対して対策をしています」ではなくて、自分たちの本業そのもの、製品の中に「社会的な価値」をどれだけ織り込めるかというところが、マーケティング3.0と呼べるスタンスなのだと思います。

ここまでは組織側、企業側の話です。消費者の側から見れば、エシカル消費と呼ばれる動きが出てきています。昨年の震災の影響もあるのでしょうが、どうせ買うならエコ的なもの、社会に貢献できるものを買いたい。消費者の賢さであるとか、社会に対する配慮、倫理観などに向かう流れです。ですから企業のほうは3.0、消費者はエシカルと、世の中全体がそちらに向かっている。前回、コトラーが昔の本にはサインしないという話をしましたが、彼の言いたいことは今、変化の激しい時代になってきて、改めて非常にわかりやすく、実感できるのだと思います。

誤解してほしくないのは、マーケティング3.0というと何かパラダイムシフトととらえている人もいるのですが、そうではないということです。マーケティング1.0と2.0と3.0は決して相反するものではなく、積み重ねであるということです。1.0の「機能的な価値」、2.0の「情緒的な価値」を踏まえたうえで、3.0の「社会的な価値」を持たせないと、これからは難しいということです。

もちろん2.0が不十分だということはなく、今でも重要で、成功している例はたくさんあります。私の好きな事例で日本香堂の贈答用線香の話があります。

数年前のある年末、「喪中はがきが届いたら」というキャンペーンを開始したのです。それまで贈答用線香の需要というのは、だいたい盆暮れとお彼岸くらいしかなかった。しかし今、家族葬が増えていますから、人が亡くなったときに弔問に行けなくなってしまった。でもお世話になった人であれば、何かしたいと思うものです。そういうときに、「ではお線香で弔慰を示しましょう」という提案です。これが大ヒットになりました。ずっと横ばいだった売上が、キャンペーンを始めた途端に1.8倍~2倍となり、今では3倍を超えているような状況です。昨年は震災の影響があったようですが、それを除けばずっと好調を維持しているそうです。

■日本香堂「喪中はがきが届いたら」
http://www.nipponkodo.co.jp/mochu/

これは2.0の事例であって、3.0ではない、従来のマーケティング手法です。しかし消費者に新しい利用シーン、消費の局面を知らせたケースで、私は非常にすばらしいと思っています。

マーケティング3.0の萌芽的なスタンスは、20年前にもきっとあったと思います。しかし世の中はそこに大きな価値を見いださなかった。多くの企業は本質的な機能面だとか、せいぜい情緒面で戦っていて、それ以上の意識はなかった。

消費者の側も社会的な価値にはそれほど目を向けていなかった。たとえば、さっきのアタックネオ。日本はもともと水が安かったから、いくら節水だなんて言っても、価値と認めていない以上、そこに多くのお金を払わない。それよりは、汚れがきれいに落ちるとか、あるいは仕上がりがいい、ソフトだとか、香りがついているといったほうがはるかに価値を生み出しやすい。そういう話だと思います。