ああ、これがサラリーマンか

ただひとつ、勤労課との緊張関係は最初から最後まで続いた。社員よりも業務優先といわんばかり、共産思想のような部署名も気に入らなかったが、ことごとく私に突っかかってきた。

たとえば仕事中に眠たくなって裏庭を散歩していると、勤労課の人間がバーッと走ってきて、「大前さん、勤務中にこんなところにいないでださい。席に戻ってください」と怒られる。

「考え事をしている」言っても、「机に戻ってください」の一点張り。「俺は開発部だよ。新しい設計や発想をするには、ここのほうがいいんだ」と食い下がっても、「みんな自分の机で仕事をしているんですから」と取り合わない。何しろ、変な時間にトイレに行くだけで、「休憩時間に行ってください」と注意されるのだ。

眠気覚ましの散歩がダメなら、こっちにも考えがあるというわけで、コーヒーのパーコレータ(ポット型のコーヒー抽出器)を職場に持ち込んだ。シューと沸騰したお湯がコーヒーの粉を洗うと、ふわっといい匂いがしてコーヒーが出来上がる。

アメリカから持ち帰ったパーコレータで淹れたてのコーヒーを楽しんでいたら、誰かが密告したらしく、勤労課がすっ飛んできた。

「勤務中にコーヒーを飲むのはおかしい」というから、「居眠りするよりいいじゃないか」と反論したら、今度は「会社の電気を使うな」ときた。

「だったら請求書を出せ」と返したら「だいたい火気厳禁って書いてあるじゃないか!」

確かに「火気厳禁」の標語はそこいらに貼ってある。しかしその前で平然とタバコを吸っている課長を指差して、「あれはなんだ?」と言ったら打ち止め、相手はスゴスゴと帰って行った。

こんな調子でいちいち干渉してくる。MITでやっていたように机の上に足を乗せて考え事をしていたら、「机に脚を乗せるとは何事か!」である。

要するに勤労課という部署は日立という会社の体質丸出しなのだ。私は勤労課に言われたことは一切無視して、行動も改めなかった。向こうも懲りずに注意し続けたが、電気代の請求書が送られてくることはなかったし、私が会社を辞める頃には職場のいたるところでコーヒーの湯気が上がっていた。

こっぴどく叩かれるから、最初の違反者にはなりたくない。でも怒られないと分かるとこぞってやりはじめる。日立時代は日本企業の組織の本質やサラリーマンの集団心理を学んだ2年間でもあった。

次回は「日立を辞めた理由のひとつ」。6月4日更新予定。

(小川 剛=インタビュー・構成)