またもや絶版になっている本である。お読みいただく方にケンカを売っているような展開になってしまっているが、戦略思考とその論理にとって間違いなく重要な本であるので、読者諸賢のご寛容をお願い申し上げる。

楠木 建●一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授。1964年東京生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。日本語の著書に、『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『知識とイノベーション』(共著、東洋経済新報社)、監訳書に『イノベーション5つの原則』(カーティス・R・カールソン他著、ダイヤモンド社) などがある。©Takaharu Shibuya

ただし、前々回(『元祖テレビ屋大奮戦』(>>記事はこちら))よりも少しはマシである。この本は手に入らないでもないからだ。昨年、三省堂の神保町本店が、『ストーリーとしての競争戦略』の関連書のフェアを提案してくれた。そこで今回の『「バカな」と「なるほど」』と、それと対をなすと『非常識の経営』の2冊を推した。残念ながら2冊とも絶版である。ふつうはここで「申し訳ありませんが、できれば入手可能な本でひとつ……」となるのだが、三省堂は偉い。エスプレッソブックマシンという秘密兵器を持ち出してきた。2冊ともオンデマンド出版で入手可能である。

『「バカな」と「なるほど」』は僕の戦略についての思考に、何の前振りもなくあるとき突然に絶大な影響を与えてくれた一冊である。著者は当時神戸大学にいらした吉原英樹先生。所属している置屋も違うし、吉原先生はどちらかというと国際経営の分野が専門なので、先生の研究を初期のころからきちんとフォローしているわけでもない(ただし、『日本企業の多角化戦略』は繰り返し精読した。先生が共著者であるこの本は日本の経営学の初期の重要な成果である)。

ただ、僕はこの世界に入った当初から、学会などで機会があると吉原先生をひたすらウォッチしていた。というのは、先生が研究に関してずば抜けた目利きであるとひそかに目をつけていたからである。人の研究を評価する視点が明解、コメントが率直で爽快で素晴らしいのだ。研究発表の場で先生のコメントを聞くと、この研究の価値はこの部分にあるのかとか、この研究がどうもしっくりいかないのはこの要素が足りないからなのか、とか「よい研究」の勘所がわかるような気がした。