われわれはあまりに多くのことを、「しょうがない」と思い込み、体制のワク組みの中で従順に生きようとしていることがわかる。それらのほとんどのものは、政府や地方自治体がつくり出した規則に基づいて、一般市民にかなりの出費、不便さ、刑罰を余儀なくしているものである。しかも、他の国を見ればまったく異なったゆき方をしており、必ずしもそこに「必然」と思われる理由は見当たらない。さらにこうした規制は、もともと政府のやるべき公共的な投資、住民の出費低減のための手段、方策などが欠如していることによって、長年の間にわれわれが前提条件として受け入れてしまっていることがらが多い。

日本は欧米諸国に比較して「小さな政府」をもっているという点を、前節の冒頭で指摘した。実は、この「小さな政府」は小さいなりのことしかしてくれなかったり、やたらに出費のかかる規則を次々と生み出しては民間にそのしわ寄せをするがゆえに小さくてすんでいたり、といった側面をもっていることが判明した。だから、チープガバメントといって規模だけ縮小されてしまったら、われわれの生活はもっと不便になるかも知れない。(中略)

むしろ、ここで再確認されなくてはならないのは、「行政の効率」こそわれわれの求めているものだ、ということである。そのためには、政府のある機能は大きくなるだろうし、また別の機能は小さくなるだろう。