MIT(マサチューセッツ工科大学)で原子炉の設計を教えていたのは、アメリカ原子力委員会の委員をしていたトンプソン博士である。彼は自らMIT炉の設計を手がけ、この分野では聖書(バイブル)ともなっている『原子炉の安全』という大作を残している。

彼の授業はいつも緊張に満ち、また将来原子炉設計者たらんとする私たちに、安全設計の思想を徹底して教え込んだ。今でも印象に残っているのは、ある日彼が新潟地震で崩壊した橋の写真を見せて、「これでこの設計者の一生は終りだ」と言ったまま、長い間沈黙を保っていた光景である。