3月上旬、アップル社から、「新しいiPad」が発表された。呼び方が「iPad3」になるのではと取り沙汰される中、敢えて「iPad」という番号なしの名称を選んだところに、タブレット市場の覇者になろうというアップルの自負が見える。

スティーヴ・ジョブズ氏が亡くなって、アップルがどうなってしまうのかと懸念する向きもあったが、今のところ業績は絶好調。3月中旬の報道によれば、手元には8兆円もの資金があり、アップルがそれをどのように使うのか、関心が高まっているという。

新しい文明の波をつくり続けているアップルの「DNA」。ジョブズ氏が、かつてスタンフォード大学の卒業式で述べた、「ドットを結ぶ」を実践し続けているからこそ、アップルの成功がある。

ジョブズ氏が大学で学んだ「カリグラフィー」(西洋式の書道)。当時、どう見てもコンピュータにはあまり関係ない教科だった。後に、スクリーン上で表示される文字の「フジォント」へと活かされて、ジョブズ氏がウォズニアック氏と生み出したコンピュータの一つの大きな特徴となる。まさに、「ドットを結ぶ」ことに成功したのだ。

今や、伝説と化した「マッキントッシュ」誕生秘話。「一流の思考」を目指すビジネス・パーソンは、そのことの意味をよくよく噛みしめなければならないだろう。

ジョブズは大学をドロップアウトすることを決めてからカリグラフィーの授業を聴講。それが「フォント」につながった。(写真=AP/AFLO)

アップルは、ハードウエアの部品も、iPadやiPhoneの上を流通するコンテンツも自分でつくっているわけではない。素材となる「ドット」(点)はすでに世の中にたくさんある。ゼロから何かを生み出すのではなく、すでにあるものを結びつけることで、アップルはかくも偉大な企業になったのである。

ジョブズ氏が自らの生き方を通して示し、今もアップルの躍進を支える「ドットを結ぶ」という哲学の意味を、私たちはもっと考えるべきなのではないか。特に私たちが身に染みこませるべきことは、結ばれるべき「ドット」は、あらかじめわかるわけではないという真実についてである。

人間の脳は、すでに結ばれたドットの関係を認識することは得意である。それこそ、瞬時にその意味を悟ることができる。ペーパーテストの秀才が高得点を挙げるのは、そんな分野だ。

むずかしいのは、まだ結ばれていないドットの関係を構想すること。画期的なイノベーションを起こすような脈絡は、結ばれた後で初めてわかる。まさに「コロンブスの卵」。ドットが結ばれた後で、「そんなことはわかっていた」と嘯く秀才は、あまり価値がない。

大学時代のジョブズ氏にしたところで、自分のやっているカリグラフィーがまさかコンピュータに活きるとは思ってはいなかっただろう。それでも、のめり込んだ。将来どうなるという打算もなく、自分自身の興味の趣くままにカリグラフィーに打ち込んだ。

ジョブズ氏は、スタンフォード大学の卒業式におけるスピーチを、「ハングリーであれ、愚かであれ」という言葉で結んだ。これらの教訓は、実は「ドットを結ぶ」ために論理的に必要なことである。

日本から画期的な新商品が出なくなったと言われて久しい。受験が低年齢化したこと、新卒一括採用の強化はそのことと無縁ではないだろう。

最初から計算して、賢く振る舞おうとしたら「ドットを結ぶ」ことなどできない。確固とした見通しもなく動くからこそ、画期的なイノベーションを起こせる。私たち日本人は、もっと愚かになる必要があるのだろう。