「指示がこない」心地よさが気に入った

――“サラリーマン”から気が付いたら、スピンアウトした会社の“社長”になっていて、みるみるうちに立ち位置が変わっていったと思うのですが、何が変わりましたかね。

「誰からも指示がこない」ということ。

これはマガシークをはじめてすぐに気がつきました。自分に上司はいないし、だれか年長者に相談をもちかけても返ってくる返事は「わからん」。一瞬、これってしんどいな……、と思った時期もあったのですが、1カ月くらいですぐに慣れました。こんな心地いいことはない、と。全部自分に返ってくる環境が気に入りました。

――指示をされるというのはメンドクサイ反面、ラクですよね。指示がない環境、もともと得意でしたか。

小さいころから人に言われてやるのは嫌いでしたね。言われてやっても価値がない。勉強も親から言われてすることはありませんでした。東大から外交官というルートを目指した時期があったのですが、それも自らの意思でした。

――一流商社のサラリーマンだった井上さんの転身。アイデアを出された奥さんや周囲の中で、絶対止めたほうがいいという人はいませんでしたか。

妻からはまったく反対はありませんでした。僕のことを信頼してくれていたのだと思います。一方、社内には「もったいない」というものもいました。社内でいい波に乗っていると周囲からは思われていたので、「伊藤忠にいたら部長、運がよければ役員にだってなれるのに、なんでそんなリスキーなことをやるの」という声もあった。けれど、安定した企業でいいポジションを得るよりも、自分のアイデアでやりたいことに本気で立ち向かいたい気持ちのほうが強かったですね。

――確かに、組織の中では上にいけばいくほど、やりたいことから遠ざかり、好きじゃない人とも仕事をしなくてはならない。その“迷惑手当”がついて給与が高いという面がありますね。マガシークも上場し、けっこう大きな会社になってきています。皮肉にも、こうした大企業のジレンマが再びやってきたりしていませんか。

あてがわれた仕事ではなくって、自分で立ち上げた会社をさらに進化させていくというものなので大企業で上にいくというのとははっきりと違う感覚を持っていますね。