(PANA=写真)

キヤノン会長 御手洗冨士夫(みたらい・ふじお)
1935年、大分県生まれ。医者一族の家系に育つ。中央大学法学部卒業後、キヤノンカメラ(現・キヤノン)に入社。経理、営業などを経て、79年にキヤノンUSA社長。93年キヤノン副社長、95年に社長就任。2006年に会長に就任し、今年3月末から社長を兼務。


 

ソニー、パナソニック、シャープと、今年の家電業界は社長交代の“当たり年”。どの企業も「若返り」をはかり、厳しい経営環境を乗り越えるというのが理由だが、キヤノンの場合は必ずしもそうではない。“財界総理”とも呼ばれ、経団連会長を歴任した御手洗冨士夫・会長兼CEOが3月29日付で同社の社長を兼務することになったからだ。前任の内田恒二・社長兼COOは70歳で相談役に退いたが、6年ぶりに社長に返り咲いた御手洗氏は76歳という“後期高齢者”だ。

1995年から約11年間務めた最初の社長時代は、デジタルカメラやプリンタなどの事業に経営資源を集中する一方で、パソコンなどの不採算事業からは素早く撤退を決断。生産現場の改革では従来のベルトコンベア方式を廃止し、少人数のチームが複数の工程を一貫して担当する「セル」と呼ばれる生産システムを導入した。徹底的に無駄を排除し、国内有数の高収益・超優良企業に再構築した功績は大きい。初のIT関連企業出身として“財界総理”の座を射止めたのもそうした経営手腕を高く評価されたからでもある。

今回の再登板は、欧州経済の先行き不透明感や新規事業育成の遅れに苛立ち、「若手を登用するよりも一番ベテランの私が総監督を務め、全員野球で難局を乗り切るほうが賢明」との判断のようだ。だが、見方を変えれば、ここ数年間、若い有能な社長候補を育てられなかった言い訳のようにも思える。

キヤノンでは、役員クラスの昇格人事が、地縁・血縁、学閥などを重視する御手洗氏の「ツルの一声」で決まるケースが目立っていた。異例の社長復帰で社内外から早くも私物化による“老害”を心配する声が上がっている。かつてのように、持ち前の経営センスで活路を開けるかどうかは不透明だ。