幸之助さんは、VHSについての意思決定を八〇歳くらいでしている。当時、ベータとVHSと、V2000という三つの方式が、ビデオの世界に一挙に出てきていた。松下の関連会社である日本ビクター(JVC)がVHS方式、ソニーがベータ方式で、松下電器はフィリップスから技術導入したV2000の開発が終わっていた。このうちのどれを採用するか、ということが大変な議論だったのである。そのとき幸之助さんは七〇〇人ものエンジニアから、直接自分で話を聞いている。そしていつもの要領で、「あんたどう思う、あんたならどうやる」と一人ずつ話を聞いて、最後に「これはうちの負けや、ビクターさんの勝ちや。ソニーに対抗していくには、ビクターのものを使わないとしようがない」という決定をしていくのである。