経営資源の分散を避けるための第一歩が事業領域を広げないことであることは論をまたないが、実際に事業領域をどう規定するかが勝敗の分かれ目となることが多い。

ヤマハの川上源一さんの「私の履歴書」によると、戦後の荒廃のなかでアメリカを視察し、アメリカ人の余暇利用の方法に目を奪われ、日本もきっとこうならなくてはならない、ということから、レジャー産業に次々と取り組む決意をした経緯が出てくる。

われわれがこのことを知らないと、ヤマハという会社はピアノからエレクトーンへ、エレクトーンからオーディオへ、またピアノという木工技術から家具へ、という横展開型の典型例として理解しがちであるが、もし川上さんの事業領域の定義が今日でも生きているとすると、ヤマハの精神的流れは、ピアノからアーチェリー、スキー、ボート、ヨット、テニス、合歓(ねむ)の郷(さと)、つま恋、といった事業展開のほうにむしろあったわけで、ステレオや住設関連は蛇足、ということになる。事業ごとの収益性は知るよしもないが、シェアなどでみた市場支配力を見てみると、この“精神的流れ”に沿ったものでは圧倒的な強さを持ったものが多く、いかに事業領域の定義が大きな影響力を持つかを改めて考えさせられる。