改善というものは、すべての方向を持っているのではなく、「異方性」によって特徴づけられている。もちろん経営資源が無限にあれば、何もかも改善につぐ改善を加えればよいのであろうが、戦略的な改善というものには、少なくとも私の経験では、著しい異方性がある。先に述べたKFSに基づく戦略が、事業のスウィート・ポイントを見つけることであったとすれば、本項で述べる戦略的自由度の話は、そのスウィート・ポイントのまわりにどのくらい戦略的打ち手の自由度があるか、という話である。

例えば、技術部門にKFSがある場合でも、どの方向の技術に戦略的打ち手が残っているかを明確にしなければ、改善にはつながらない。自動車の安全性を向上することがシェア向上にきわめて重要である、ということが仮に判明したとしよう。この場合、車輌側から見た改善の方向としては、視界とか表示パネルのように人間工学的なものや、ブレーキなどの機械的なものに分かれよう。一方、道路側から見た改善も、道路の表面処理、交通標識、車道幅員などの方向が考えられよう。しかし安全につながる改善が理論的には無数に可能な場合でも、一企業が戦略立案のために打ちうる手は、必ずしもすべての方向ではない。しかも費用対効果や競合反発を考えたときには、ある改善軸に沿った戦略をつき進めたほうがずっと効果がある、ということになる。

このように、現実的にみて、戦略を立案すべき方向の数のことを「戦略的自由度」と呼ぶ。例えば、自動車の場合には現実的には自由度2で、人間工学的改善と制動装置の改善の二つがある、というように用いる。

さて、戦略的自由度をなぜ考察するのかというと、改善についての方向が定まらないために、時間と費用が無為に発散するのを防ぐためである。そこで、最初に全体像をつかみ、どの方向に努力を集中したら、KFSに近づくことができるか、ということを考えるわけである。