戦略家は単なる戦闘における勝利ではなく、真の意味で自分の属するグループに有利になるような判断をしなくてはならない。数百万の犠牲者を出し、計り知れない固定資産の破壊の後に、せっかく占領した広大な東アジアの諸国を「無条件」で放棄してしまう、というのは、戦略的なやり方ではない。その意味で、第二次大戦中のわが国の参謀本部は、参謀とは名ばかりで、謀術を単に繰り返しつづけていたにすぎない。

真の戦略参謀であるなら、拡大と撤退の潮時の判断を自分の最大の任務と考えていただろう。また、シベリアから南太平洋に至る戦線のどこに、どのくらいの戦力をつぎ込んだら最も効率のよい展開ができるかに、専心していただろう。己れの強さを知ると同時に、また己れの弱きの把握を忘れなかったであろう。だから、シンガポールが陥落し、インドネシアを部分的に掌握した時点で(一九四二年三月九日)、ただちに和平交渉を進めなくてはいけなかったはずである。この場合、占領地をすべて自国領とするのではなしに、例えば、インドネシアの石油のようなものの使用権などはもらっても、領土そのものは独立国として返してしまうという、一連の妥協策を用意していなくてはならない。

私が戦略的思考という場合には、戦うときと退くとき、また妥協の限界を常に測定しながら、究極的には、自分にとって最も有利な条件を持ち込む、柔軟な思考方法を指している。状況の変化によって、最も現実的な解を導き出せる頭脳の柔軟さを指す。自か黒かでないと、考えられないというような硬直した頭ではなく、どのくらいの灰色までなら妥協してもよいかを判断できる人物が戦略的思考家である。