――もう一つ維新で注目すべきは、推新前に変革の原動力となった中心人物が、必ずしも維新後のリーダーではない、という点である。ここに現れてくる人物像は、あたかも変革の計画部隊と、実行部隊に分けられているかのようである。(中略)

今日の経済変動での、トップ・マネジメントの置かれている難しさは、この明治維新におけるヒーローが、演出の担当を分担したのに対し、維新の前と後を一つの頭脳で考えなくてはならない、という点であろう。急成長から緩成長への変革を敢行するのみならず、少なくともむこう何年間かの方策をつくり上げ、かつそれを実行していく、という一人二役を演じていかなくてはならない。

のみならず、これらの人々は、戦後の三〇年間を成功裡に生き抜いてきた人々である。日本が成長するということと、自分の会社が伸びるということを同義語と感じて生きてきた歴戦の勇士である。だから、今日のトップに要求されている変革の困難さは、江戸から明治にかけての変革を一人の人間の“頭を切り替える”ことによって遂行せよ、と迫っているのに等しい難しさを伴っている。

しかもごく一部の企業を除いては、権力の座にある者は依然として過去の成功者であり、自分たちの力の限りでこの難しい変革を成し遂げることが可能とも考え、あるいは自分たちに課せられた最後の任務であるという強い“責任感”さえ持っている人々なのである。

一方若手の中には、過去の過保護が依然として続き、トップが何かをしてくれるであろう、という甘い期待から、自ら進んで維新を敢行するプログラムも勇気も持ち得ていない人々が充満している。経営がいくら複雑になったからといっても、本質的に三十代の人々に不可能な事柄はほとんどないと思われるのに、ジッと二〇年、三〇年後の出番を待っているのであろうか。