10のうち8の力を準備に使うくらいの覚悟がないと、交渉の席にも着いてもらえないということを学べたのも、留学の大きな収穫のひとつでした。そのころのアメリカでは、アジア人は常に身分証明書を5種類携帯することが義務付けられていました。ひとつでも足りないと両替もしてくれず、どんなに頼み込んでも絶対に首を縦に振ってくれません。アメリカというのは万事がこの調子でした。

帰国してからも、終業後に上智大学の会計講座に通ったり、英文速記を習ったり、自分にとって仕事のツールになりそうなものは片っ端から身につけました。パソコンやワープロも市場に出るや、すぐに大枚をはたいて買い求めました。多少懐は痛みましたが、新しいツールは人より少しでも早く先に学んだほうが勝ちだと思ったのです。

35歳まではどんなスキルも吸収

会計やパソコンが直接業務に関係するスキルだったかといえば、そうではありません。しかし、ビジネスマンに求められているのは単一の能力や専門性だけではありません。専門分野の枠を軽々と越えられるようなスキルがなければ、仕事にダイナミズムは生まれません。そして、そのような働き方を実現するためには、あらゆるジャンルの、せめて基本には通じていなければならないのです。

20代の後半にヘッドハンティングされたことも、ツール獲得のモチベーションを高める役割を果たしてくれたといっていいでしょう。そのヘッドハンターから私は「転職市場は35歳までなので、35歳を過ぎたらあなたの価値はゼロだ」といわれました。

転職するつもりはありませんでしたが、ヘッドハンターの言葉は衝撃でした。35歳を過ぎてからツールを手に入れても、市場価値は出てこないのだから、これはなんとしても35歳までに基本的なツールを習得しておかなければならない。私のやる気に火を点けてくれたそのヘッドハンターには、いまでも感謝しています。

実際、35歳を過ぎたら市場価値がゼロになるかはともかく、35歳までにひととおりのツールを獲得しておくのは、ビジネスマンにとって必要なことだと思います。なぜなら30代半ばを過ぎて部下をもつようになると、どの企業でもさらに高いレベルの働き方を求められるようになるからです。それに応えるためには、自分で自分を高度化していかなければなりません。学び方もより拡張的になり、最後は発展的学びというところまで高める必要があります。ところが、拡張的学びや発展的学びというのは、ツールという基礎的学びの上位概念なので、基礎ができていないとそこには進めません。