「鮮度と多様性と旬」のある商品を扱うための技術に加えて、もう一つ、速い商品回転率の経営を確立する必要がある。加工食品や日雑商品のように本部で一括して大量・安価に仕入れて、チェーン各店で売り減らすという手法は、この種の商品には通じない。できる限り在庫を切り詰め、次々に商品に入れ替えるスピードがカギになる。

商品回転率志向の経営は、だが、世界の大手小売企業の目指す方向ではない。たとえば、世界のウォルマートと日本でポジションを確立したイトーヨーカ堂の回転率の違いを見ればわかる。02年のデータの比較だが、在庫回転率では、イトーヨーカ堂のほうが倍くらい高い。他方、販売管理費ではウォルマートが、売上高割合で10%ほど低い。この結果を見ると、ウォルマートが調達力とコスト削減力を背景にして競争優位を確保する経営であること、そしてイトーヨーカ堂は速い商品回転率で勝負していることがわかる(スレーター『ウォルマートの時代』日本経済新聞社)。回転率におけるこの大きな違いは、同じ小売業と言っても、やり方に根本的な違いがあることを示すものである。世界の大手小売企業が日本に適応しようと思えば、自らが展開してきた経営の流儀を根本から変えないといけないということになる。

日本の生活者は、食べ物の「鮮度と多様性と旬」を評価する。その結果、第一に、独特の買い物行動が生まれる。鮮度の高い食材を求めて、ほぼ毎日買い物に出る。自家用車と大型冷蔵・冷凍庫という大量購買・長期保存の手段がほとんどの家庭に普及したが、高い買い物頻度の習慣はそれほど変化しない。

第二に、食への繊細な好みを背景にブランドが食を支配する。魚とか肉とかといった大雑把な「コモディティ・レベル」で食材を選ばない。もっと繊細なレベル、たとえば神戸の霜降り、京の野菜、明石の魚、泉州の水ナス、新潟のこしひかりといった、いわば「ブランド・レベル」で識別する。それらブランドへの信頼は、強まりこそすれ、薄れる気配はない。

こうした食文化が、独特の小売り活動を要請する。第一に、日々変化ある店頭への要請。それに応えて、小売店での商品入れ替えスピードは速い。第二に、地域ごとに異なる食材ニーズに応える店対応への要請。ローカル・スーパーが大手総合スーパーに対して互角の勝負をしているのは、故なしとはしない。「標準化された商品の週に一度のまとめ買い」や「Every Day Low Price」を標榜する欧米大手小売企業の戦略では、そうした要請に応えることはできない。

食文化の伝統は、まさに独自の小売業を生み育て、そして海外からの参入の天然の要塞となって守っているのである。