現場があるからこそ教育が可能になる

船の世界はどの会社もコスト構造がほとんど同じなため、明らかな運賃差は生まれません。船舶の性能は新造船で燃費を向上させてもすぐ他社に追随されますし、船乗りの質が高くても操船効率が大幅に高まったりはしないからです。それでも日本郵船を選んでいただくには、何らかの付加価値が必要です。例えば期日までに部品を届けることができなければ、現地の工場は操業できず、お客様に迷惑がかかります。

日本郵船社長 工藤泰三 くどう・やすみ●1952年、大分県生まれ。75年慶應義塾大学経済学部卒、日本郵船入社。自動車船部門の経歴が長く、多くの日本車メーカーの海外進出をサポートした経験を持つ。2004年常務、06年専務、08年副社長就任。09年より現職。

「そういう問題を回避してくれるなら、少しは高くても利用したい」と判断していただけるのであれば、それは付加価値が高い船会社といえます。つまり、社員一人ひとりの提案力が当社の価値を押し上げていくのです。

期日だけではありません。例えば日本の自動車メーカーがロシアのサンクトペテルブルクに新しい自動車工場をつくる場合、港から内陸の工場まではかなりの距離があります。しかも通関手続きが非常に煩雑で難しいときています。そういう状況でも、「うちなら全部解決できます」と提案するために、当社は早くから現地に進出して準備を整えていました。つまりシッピングカンパニーとして生き残るためには、モア・ザン・シッピングカンパニーでなければならないのです。

私たちの仕事では船で運ぶだけでなく、現地での倉庫の手配や、実際の入出庫オペレーションも付加価値を高めるうえで重要な役割を果たします。現地の倉庫業者をお客様に紹介して終わりというやり方であれば、手っ取り早いのは確かです。しかし、お客様を紹介して他社に任せてばかりいると、競争力や付加価値のあるサービスは育ちません。

そればかりではありません。現場がないと「借りればいい」とか「紹介すればいい」という発想しかしなくなります。倉庫業やトラック業の内実もわからないまま、単に安い業者を探しておしまいです。しかも、ただ安いというだけで、どういう根拠で安いのかもわからないのです。これでは自信を持ってお客様に勧めることもできません。

競争力を確保するには、まず自社で現場を持つことです。つまり自前の倉庫や設備を用意し、そこで改善活動を重ね、優れたオペレーションを、競争力ある価格で提供する。そのような考えに立ち、過去10年ほどの間に世界中でコツコツと倉庫を買い集めて展開し、現在、合わせて230万平方メートルという大きなスペースを保有しています。この現場があるからこそ、意義のある社員教育が可能になるのです。