このような「悪しき伝統」を打破するために試行錯誤の末編み出されたのがハイボールという飲み物であった。しかしターゲットである現代の若者にとって、ハイボールはまったく新しい製品である。まずこの製品のおいしさを知ってもらわなければ話にならない。同社では、08年末に行われた「角ハイボールプロジェクト」の発表会の場で、全国各地の現場トライアルから上がってきた成功事例をもとに、ハイボールのおいしい飲み方提案を決定した。それが「角ハイボールこだわり3ヶ条+1」というものである。

第1条は温度へのこだわりで、ジョッキいっぱいに氷を入れる。第2条は適度な炭酸圧を維持するため、冷やしたソーダを静かに注ぐ。そしてかき混ぜ方にも独特のこだわりがあり、縦に1回だけ混ぜる。第3条は、アルコール濃度で、ウイスキー1に対してソーダを4の割合で入れる。角のアルコール度数は40%で、1対4の割合で混ぜると、アルコール濃度は8%になる。氷のたっぷり入ったジョッキにそれを入れると、氷が解けて7%ぐらいのアルコール度数になる。これが後にサントリーが提案する黄金比率と呼ばれるもので、ハイボールが最もおいしくなるつくり方となった。さらに+1はレモン汁で、氷より先にレモンを軽搾りで入れておくと、程よい風味と酸味がつき、味が引き立つのである。

通常、ウイスキーの水割りは、ウイスキー1に対して、水2.5くらいの割合である。それゆえハイボールは、水割りよりもずっと薄くなっている。また角ハイボールジョッキという角の亀甲ボトルを模した容器を開発することで革命的ともいえる斬新な飲み方提案を行った。元来ウイスキーというと、「締めの酒」というイメージが強い。だが、サントリーでは、ビールの苦みを嫌う若者に着目し、「乾杯の酒」としてハイボールを提案したのだ。

結果は上々で、09年の本格展開後には、ターゲットとして想定していた若者層に飲んでもらえるようになった。さらに田中氏によると、「当初女性まで広がるということを想定していませんでした」という嬉しい誤算まであった。これは、同年10月から角ハイボール缶をコンビニで売り出したところ、居酒屋には行きにくい主婦層が触手を伸ばしたのだ。ここに「家飲み」という新たな飲酒スタイルが形成された。

わずかの間に、ハイボールというアルコール飲料の新ジャンルを確立した要因として、同社が展開した秀逸なマーケティング・コミュニケーション活動に触れないわけにはいかない。

「ハイボール始めました」というキャッチフレーズでタレントの小雪を使ったテレビCMは、高い注目度を浴びた。このCMに彼女を起用した理由は年齢が34歳と、主要ターゲットである30代男性と同世代であり、かつその年代層に高い人気を誇っていたからである。コンセプトは、「30代の男性の方々に、ああいう店でハイボールを飲んだらおいしいだろうなと思ってもらう」(田中課長)ところにあった。