2012年3月13日(火)

古くて新しい製品「サントリー・ハイボール復活物語」

PRESIDENT 2012年3月19日号

著者
野口 智雄 のぐち・ともお
早稲田大学社会科学総合学術院教授

1956年、東京都生まれ。一橋大学大学院博士後期課程単位修得後、横浜市立大学助教授を経て94年から現職。2006年から08年まで、客員研究員としてスタンフォード大学経済学部で活躍。88年、『現代小売流通の諸側面』で日本商業学会賞を受賞。『水平思考で市場をつくるマトリックス・マーケティング』『なぜ企業はマーケティング戦略を誤るのか』など多数の著書がある。

執筆記事一覧

早稲田大学社会科学総合学術院教授 野口智雄=文
1
nextpage
オヤジくさくて、飲みにくい……。若い人がウイスキーに抱くイメージだった。ところが、2011年には、ハイボール缶だけで対前年比157%を売り上げた。衰退していたウイスキー市場に何が起きたのだろう。

高齢化し、衰退化していたウイスキー市場

これまで数多くの製品の栄枯盛衰を眺めてきて時折、興味深い現象に気づくことがある。例えば、多くの消費者の琴線に触れたヒット製品はブームが過ぎ去り、なりを潜めても、いずれ形を変えてリバイバルできるということである。

今回取り上げるサントリーのハイボールはまさにその典型といえる。ハイボールというと、50代半ばを過ぎた筆者の年齢では、古いにしえの響きがある。日本では、戦後間もない1950年代に洋酒ブームが起こり、日本中にトリスのソーダ割りを出すトリスバーがお目見えした。当時のサラリーマンは、洋風でお洒落なイメージのハイボールをたしなむことで、日ごろの憂さを晴らした。

その後、ウイスキーの飲み方が多様化し、水割りやオン・ザ・ロックが全盛となって、ハイボールは次第に影が薄れていった。ウイスキー類の販売量は83年まで上昇を続け、37万9000キロリットルを記録したが、その後は明らかな減少傾向となり、2007年にはピーク時のなんと約6分の1の6万5000キロリットルまで低下している(国税庁統計年報ウイスキー類の課税移出数量による)。

ところが近年、このウイスキー離れに変化の兆しがみえる。ウイスキー類の販売量は、08年には6万9000キロリットルとなり、09年には7万6000キロリットルとなって、07年比で約17%増もの市場の拡大がみられたのだ。

変化をもたらした要因の一つがハイボールのリバイバルである。サントリーは08年から角やトリスといったロングセラーのウイスキーを軸に新しい飲み方提案や秀逸なプロモーション活動を展開することによって、見事にハイボールを復活させ、昨今のわが国の飲酒シーンに新たな1ページを加えた。実際、09年10月にコンビニ限定で発売された角ハイボール缶は10年中に約270万ケース(約6480万本)が捌け、11年にはハイボール缶トータルで対前年比157%を記録している。

さて、このヒット製品はどのようなプロセスを経て、誕生したのだろうか。

サントリーの最初の課題認識は、若い人々が、ウイスキーを飲まなくなってきているという点だった。同社スピリッツ事業部ウイスキー部課長の田中嗣浩氏はこう語る。「ウイスキーのイメージ調査というものを毎年やっていたのですけれど、年々おやじくさいとか、飲みにくいというポイントが上がってきました」。

興味深いことに、顧客層の平均年齢も1年に一歳ずつ上昇していたという。つまり、ウイスキーという市場は、確実に「高齢化」し、「衰退化」していたのである。これに歯止めをかけねば先がない。その危機感から、同部で「角ハイボールプロジェクト」というものを立ち上げたのが08年夏のことであった。

ともかく若い人々にハイボールを飲んでもらうには、どうしたらよいのかを全国各地でリサーチし、検証していった。リサーチの結果を待つまでもなく、若者が飲みにいく場所は主に居酒屋だ。ところが08年当時、居酒屋にはウイスキーはほとんど置いていなかった。ビールや焼酎、チューハイなどは、よく売れるので用意されていたのだが、ウイスキーはクラブやバー、あるいはスナックなどで、中高年が氷の音を「カラーン」と響かせながら、馥郁たる香りを満足の表情で愉しむ代物だった。価格面でも、イメージ面でも若者には敷居が高く、居酒屋で扱う商材ではなかったのである。

PickUp