新たな拠点の立地により将来の事業ビジョンが拡大

──自治体が地元の人材を育てることで企業立地を促進し、地域の活性化を図った例もありますね。企業側にとって地域の人材は、進出先を選ぶうえで着目すべきポイントの一つではないでしょうか。

海上 安定した人材採用チャネルの確保は、企業立地の重要な要素です。周辺に工業技術系の学校があるかどうか、保育インフラが整い、若い母親たちが仕事に出られる環境の地域かどうか。例えば、そういったことも立地先としての検討事項にのぼってくると思います。

またもちろん、優れた人材は若年層だけに限りません。地域の取り組みとして専門技術をもったシルバー人材を組織化し、技能承継ニーズがある企業などに、こうした人材を供給している事例もあります。これからの時代には、ますます注目される取り組みではないでしょうか。

ほかにも企業にとって立地先の選定を左右する要因は多様ですが、ぜひ加えることをお勧めしたい観点があります。それは新天地で、いわば「二の矢、三の矢」を放てるか、ということです。通常、差し迫った直接的な動機や理由があっての立地ですが、それを満たすだけでなく、将来の事業ビジョンを広げてくれるような設備構想や市場構想まで考えたうえで、立地できれば、なお望ましいに違いありません。

例えば、郊外に新設備を立地したウエス(機械の油や汚れを拭う布)をレンタルする企業のケースです。顧客から使用済みウエスを回収して洗浄し、再び届けます。しかし、洗浄に使う水が大量で廃水も多く、コストとエコロジーの面に課題がありました。それらを解決するため、近隣の工業団地に大規模な廃水浄化システムを備えたのです。

新たな拠点で浄化システムが稼働すると、ウエスの洗浄に使用した水の75%が再利用できるようになりました。また廃水として下水道へ流す25%の水質も改善されました。

まずは、移転の主目的だった上水の節減と廃水の削減でコスト効率をアップさせ、事業の環境性も向上させることができました。

さらにその後は、もともと余裕をもって設計・立地していた浄化システムの余力を使って、自社のウエス以外をクリーニングする請負業務や、他社からの廃水の浄化処理まで事業化することにも成功しました。当初の移転目的だけにとどまらず、新規事業を生み出した。つまり「二の矢、三の矢」を放ったわけです。

この企業の場合は、移転先として近隣地域を選んでいる。企業立地では、遠隔地への進出よりも、比較的近い地域や、従来の地域内での移転が多く見られる。経済産業省による「工場立地動向調査」でも、立地地点選定理由として「本社・他の自社工場への近接性」は、常に上位に挙げられている。大企業が既存の拠点から遠い地域に工場を新設する例もあるが、日本の企業のほとんどが中堅・中小企業であることを考えれば、全体として同一地域内や近隣地域への立地・移転が多いのはうなずける。

日本の各地から独自の個性を発揮・発信する地域中小企業にとって、地域発のブランド戦略も重要だ。ブランドなどと聞くと、つい「大企業でもあるまいし、中小企業にブランド戦略など無縁だ」などと考えがちだが、海上氏によれば、「程度の差こそあれ、企業は市場から信頼を獲得しなければやっていけない。ブランドとは、その信頼が形になったものであり、企業競争力の強さの源泉」であるという。