6年かけて本社を説き伏せた心意気


東京生産への切り替えで出荷リードタイムが大幅に短縮された。

岡は、本社や米国・アジアに散在する生産チームにノートパソコンの国内生産を認めさせる過程で、さらにコストに関する認識を深めていった。その射程は、最終的にはつくり手の側を離れて、客の側にまで及んでいく。

日本ヒューレット・パッカードでは、CTOに力を入れている。これはConfigure to Orderの略。日本語でいえば「注文仕様生産」である。客がプロセッサ、ハードディスク、メモリ等々の仕様をすべて指定する、いわば究極のカスタムメード。たとえば、部品の多いワークステーションの場合、選択可能な組み合わせは、理論的には1700万通りにもなる。

一般的な生産とCTOの違いは、岡の表現を借りれば、マクドナルドとサブウェイの違いに相当する。マクドナルドはつくり置き(在庫)を販売するが、サブウェイはレタスやマスタードを多くしたり少なくしたり、客の好みに応じて材料の種類と量を調整してくれる。在庫を販売する場合、客は食べたくないレタスまで買わされる可能性があるが、CTOの場合は不要なレタスを購入する必要はない。

不要なレタス=不要な機能=客のコストと考えれば、CTOは客にとってコスト削減にほかならないのだ。そして、日本国内にある工場ならば、CTOで製品をつくれる。営業と工場が日本語を使って濃密かつ正確なコミュニケーションを取れるからだ。中国の工場では、複雑なカスタマイズに応じることは難しい。

「こうした総がかりのコスト、つまりend to endで見たときのトータルのコストを考えると、日本でつくったほうがコストは安いのです。われわれの生産コスト、代理店さんのコスト、お客様のコストすべてを安くできる」

このロジックを実証的な数字で裏づけながら、6年の歳月をかけ、岡は日本でのノートパソコン生産を勝ち取った。本社はROI(投資収益率)をうるさく問いただし、米国やアジアの生産チームは、仕事を奪われてはならじと激しく反論したが、岡はブレなかった。

「決定は11年の3月でしたが、私が言った数字に届かなかったらクビだぞと通告されました。でも、こうしたチャレンジをやらないで数字を伸ばせずにクビになるくらいなら、やってクビになったほうがせいせいしますよ」