どんな国、国民にも琴線ならぬ“怒線”がある

40年もコンサルタントの仕事で世界の隅々まで渡り歩いてきた私の経験からいえば、宗教や宗教対立というものを教条的にとらえて、神経質になりすぎないほうがいい。同じイスラム教国でも近代化のレベルによって信仰の温度差がある。たとえばトルコでは女性の参政権も認められているし、仲良くなれば一緒に酒を飲んだり、日の出から日が暮れるまでは断食しなければならないラマダンの期間でも、昼間断食をしながら太る人がいるくらいだ。

またインドネシアはイスラム教国だが、民族(種族)も言語も500以上あって、バリ島に行けばヒンズー教だし、虫眼鏡的に見るとイスラム教徒が全然いない地域もあるし、チモールにはキリスト教徒の多い地区もある。イスラム教徒とどうやって付き合うべきか、などと肩に力を入れて突っ込むと空振りする可能性もある。

ただし、ビジネスマンであれば宗教的感度を磨いておくことは極めて重要だ。単純な話、受胎告知を信じている敬虔なカトリック教徒に、「セックスしないでイエスが生まれるわけがない」と言えばやはり喧嘩になる。

私が経験したビジネスの失敗例で言えば、こんな話がある。

今から20年ほど前に横浜ゴムで、タイヤパターンのデザインがコーランの一節に似ているというクレームがついてアラブ世界でボイコット運動が起きた。私がナイキでボードメンバーをしていた頃には、エアジョーダンという人気のバスケットシューズのロゴデザインがコーランの文字に似ているということでやはりボイコット運動が起きて、ナイキは何百万足ものシューズを回収することになった。いずれも燃え上がるようなデザインを踏みつける靴やタイヤに使った、ということが攻撃の理由とされている。

インドネシアでは、味の素の製造過程でバクテリアの育成にイスラム法に抵触する製品(バクトソイトーン)を添加物として使用していたとして、イスラム教徒が摂取できない「ハラム」の食品であると断定され、3週間以内に市場から回収するよう命じられている。しかしインドネシア政府は同時にマメノ(豆濃)という別の添加剤を使用すれば、イスラム教徒が摂取できる「ハラル」に認定する、ということで大きな騒ぎにはならなかった。