「モノづくり大国」の象徴が“退職”へ

ホンダの二足歩行ロボット「ASIMO(アシモ)」が、20年間「勤務」した日本科学未来館を3月末で「退職」する。ホンダも、東京・南青山の本社でほぼ毎日開催している実演ショーを同時期に終了する予定だ。「中に人が入っているの?」と言われるほど、人間っぽい歩行で一世を風靡ふうびしたアシモは、表舞台から姿を消すことになる。

2015年12月18日、東京の日本科学未来館で、博物館長で元宇宙飛行士の毛利衛氏(右)が見守る中、日本の自動車大手ホンダ自動車の人型ロボット「アシモ」と握手するオーストラリアのマルコム・ターンブル首相(肩書はいずれも当時)
写真=AFP/時事通信フォト
2015年12月18日、東京の日本科学未来館で、館長で宇宙飛行士の毛利衛氏(右)が見守る中、日本の自動車大手ホンダの人型ロボット「アシモ」と握手するオーストラリアのマルコム・ターンブル首相(肩書はいずれも当時)

ホンダの技術者たちの約15年にわたる泥臭いまでの試行錯誤によって生み出され、「ロボット大国」「モノづくり大国」の象徴でもあったアシモだが、当時の先進技術が現在の産業で十分に生かされているとは言い難い。

アシモは2002年に「インタープリター」(展示解説員、現・科学コミュニケーター)として日本科学未来館に「入社」。当時の館長で宇宙飛行士の毛利衛さんから辞令を渡された。

身長130センチ、ランドセルのような形のバッテリーを背負った姿は、小学生のようでかわいい。こぶしを握り、やや腰を落としてすいすいと歩いたり、ひざを曲げて軽快に走ったり、ほっそりとした指で水筒のふたをあけてコップに水を注いだり。ロボットとは思えぬ動作が、子どもはもちろん、大人からも人気を集めた。

ホンダのテレビコマーシャルでは、ケーブルカーに乗り遅れてがっかりするような姿や、子どもたちと走りまわったり、踊ったりする様子などを披露。人とロボットが共存する時代がいずれやって来る、と人々に感じさせた。

「アトムを作ってほしい」から始まった

アシモの開発が始まったのは1986年。埼玉県和光市の本田技術研究所・和光基礎技術研究センター所長が技術者に「鉄腕アトムのようなロボットを作ってほしい」と注文したことがきっかけだ。バブル景気が始まるころで、企業も基礎研究に力を入れる余裕があったのだろう。

「鉄腕アトム」は、手塚治虫のマンガの主人公のロボットだが、それ以上の具体的な指示はない。そこで技術者たちが考え出したのが、「人間のように歩くロボット」だった。モビリティー(移動手段)を事業にしている会社の基礎研究にふさわしいと考えた。