第二次大戦前の日本政府は、外国企業が国内産業の株式を取得することに対し、かなり自由な態度をとっていた。たとえばジーメンスは一九四五年まで富士電幾の株式の三〇パーセントを保有し、ゼネラル・エレクトリック(GE)は一九一〇年に芝浦電気(東芝)の五〇パーセント、ウエスチングハウスは一九二三年に三菱電機の一〇パーセント、B・F・グッドリッジは一九一七年に横浜ゴムの四五パーセント、ウエスタン・エレクトリックは一八九九年に日本電気(NEC)の五四パーセントの株主だった。ところがこれら企業の大部分が戦災でまる焼けになると、戦後にきわめて厳しい統制が、重要国内企業に対する外資の持ち分に課されるようになった。