エネルギー危機の前年、一九七三年に日本の家電メーカーの労務費は対前年比三〇パーセント、材料費は五〇パーセント以上に上がった。コストがこれほど大幅に上がると、メーカーは負担を顧客にシワ寄せしたがるのが普通である。しかし日本の家電メーカーはその方針をとらず、代わりに構成部品の数を四〇パーセント減らし(当時、集積回路はごくわずかしか使われていなかった)、また中規模集積回路を採用し始めた。同時に、製品の電力消費も平均四四パーセント切り下げられた。

この時期に松下、ソニーのほか、トップ・メーカー四社がカラー・テレビ工場を自動化し、現場従業員の数を四〇~五〇パーセントも削減しながら、二五パーセントの増産を達成した。同時に、製品の構成部品数(アイテム)を減らすことにより、製品の質を向上した。

日本では他の家電メーカーについても、大体同様のことが言える。つまり十年前と同じやり方をするのでなく、産業の体質を変えたのである。顧客は値上げに見舞われなかった。メーカーがコスト増を価格に反映するという安易な政策をとらなかったからである。