私は、結婚前には自ら料理学校にも通ったぐらいだから、平均的亭主以上に食料品に対する勘は働いていると思っていたのだが、やはり長年のブランクは恐ろしいもので、大きな金属製のカートを押しはじめるところまではよかったが、いざとなると、何からどのように買ったらよいか、まるでイメージがわいてこない。(中略)いわゆる衝動買いの犠牲となり、次から次にカートの中にほうり込む羽目になってしまった。(中略)結局、合計九八二〇円也の雑多な食料品を買い込んだことになった。それでも私は、なに七日間もてば一日一四〇〇円にすぎないさ、などと慰めの論理を探していた。(中略)二~三日もすると、冷蔵庫の中で変な臭いがしはじめた。豆腐をみそ汁に入れるつもりで買ってきていたのが、腐敗しはじめていたのだ。これで、九八二〇円の投資の未回収第一号が発生することになり、私は廃棄処分にした。翌日には、しめじが使いものにならなくなり、ぶどうも目に見えてしぼんできた。大急ぎで食べようとしたが、なにぶんにも一人暮らしであるので限度がある。いや、ぶどうだけではない。今や木曜日と、予定の七日間の七〇%も時間が進行しているのに、一向に冷蔵庫の中身は減らない。それもそのはず、夜は遅くなることが多く、外食してしまうのである。朝は肉料理をつくっている時間などないので、結局買ってきた高級品(肉、野菜など)に手が回らず、低価格の食パンと卵だけが予定通り消化されているにすぎないことがわかった。戦略的に考えるということいことがわかった。しかし、それでも次の日曜の夜までに三回の夜食をつくった。だが、結局私はこの冷蔵庫との競合に完敗したといわざるを得ない。(中略)何のことはない、私の購買には計画性がなかったので、二~三の組み合わせで料理をつくってしまったあとは、字余りと字足らずの典型例となってしまった。しかも、一週間経たあとの冷蔵庫の中身は目分量で三〇〇〇円分ぐらいしか減っておらず、六八二〇円の不良在庫に悩まされる羽目となったのである。このまま二~三日すれば陳腐化して、償却損として丸々処分しなくてはならないことは目に見えている。かといって、前向きの生産計画を立てるためには追加投資が必要で、六〇〇〇円の不良在庫を正当化するために、もう金を使う気もしなくなってしまっていた。

全く進退極まった、という格好で、私は横浜の実家に電話をし、在庫引き取り協定を申し込んだ。いわく「残りものをあげるからメシを食わせてくれ」。もともと実家では、家内の里帰り期間中居を移して来いと言っていたのを、独立心の発揚でこれを勇ましく断ったあとだけに、この投降は身にこたえた。
しかし、私には大切な教訓が残った。