大前日本では七〇年代から八〇年代の高度経済成長期に、旧通産省が「白書」という形で五カ年計画を作成していました。誰もがこの五カ年計画を丹念に読みこんだものです。我々もそれに従い、各社がその方針に沿った戦略を考えました。というのは、政府がそう考えるなら、その筋道に従うことが自分たちの利益につながると考えたからです。

たとえば旧通産省が「これからは鉄の時代ではない、半導体の時代だ」と宣言すると、人々は“紙切れ一枚”でいきなり鉄から半導体にシフトしました。またしばらくすると、今度は「チップではなく、これからは情報だ」と宣言すると、日本は情報化社会へと急速に傾斜したのです。

この五カ年計画は産業の構造転換や国民の心理を操作するうえでそれなりの効果がありました。たとえば旧通産省が推奨する新しい分野には優秀な学生が集まって切磋琢磨した。これこそが成功の方程式でした。しかし、現在は旧通産省がかつて作成していた国家戦略のようなものは存在しません。我々が今、非常に混乱した状態にある原因はまさにそこにあります。国家はもう頼りにならない。頼りになるとすれば家庭と会社だけで、個人がバラバラに活動している状態です。

(ジャック・アタリ氏との対談より)