雨に濡れないための手段としては傘があり、雨合羽がある。日本では全員が傘と言うが、ニューヨークあたりになるとレインコートに山高帽ということになる。ベトナムに行けばハスの葉かミノ、ということになるし、ポナペに行けば、「なぜ雨に濡れてはいけないのか?」という素朴な質問が返ってくるだろう。

問題は、全員が(雨に濡れないためには)「傘しかありません」と言うことなのだ。つまり、そもそも濡れるのを防ぐ方法は、という発想をしないで、雨と言えば傘、と単純に思い込み、思考の停止を招いていることなのである。そのとき、世界地図が走馬灯のように脳裏をかすめ、瞬時に代替案が頭に浮かぶという人だっているのである。

○×式や「正解を選べ」というやり方で優秀さを立証してきた人は、頭の中にどちらかというと、山と言えは川、という単一図式ができ上がっており、曲想に乗ったアドリブというものが幾重にもできるような訓練が十分に積まれていない。少なくともわれわれ日本人にはそういう傾向が強いのではなかろうか。