長時間労働が常態化した職場ではどのような問題が起きるか。労働問題に取り組むNPO法人POSSEの坂倉昇平さんは「ある企業では若手社員への日常的な暴力行為が黙認されていた。恐怖心で過酷な業務を忠実にこなすようにすることが『効率的な労務管理』として機能していた」という――。

※本稿は、坂倉昇平『大人のいじめ』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。

暗い廊下で男を殴りつける男
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白昼の駅前、突然殴りかかってきた先輩

2010年代後半、20代男性のAさんは、メディア業界の下請け企業に勤務していた。この会社では、業界大手の働き方改革の影響を受けて、かえっていじめと暴力が猛威を振るうようになっていた。

事件は、ある大都市のターミナル駅の前で起きた。その日、取引先に同行する外回りの仕事を、Aさんが、Aさんより数年早く入社したチームリーダーの先輩と終えた直後のことだった。

Aさんは先輩から、取引先の見送りには加わらず、すぐ事務所に戻って、当日のデータをまとめるように指示されていた。タクシーが駅前に着き、先輩と取引先を降ろして、自分はそのまま事務所に戻って作業すべくタクシーに行き先を告げようとした瞬間だった。

「なんで降りてこねえんだよ!」

先輩が声を荒らげた。理不尽なことに、さっき指示されたことと話が変わっている。Aさんが見送りする素振りも見せないことが気に障ったようだった。

取引先が駅構内に姿を消すと、束の間、平静を装っていた先輩は豹変ひょうへんした。歩行者や車が行き交う駅のロータリーで、Aさんは顔を握りこぶしで約10発ほど連続して殴られ、続けざまに平手打ちされた。鼻と口から血がダラダラと流れ落ち、Aさんはコンクリートの路上に倒れ込んだ。

人気のない路地裏でも暴行は続いた

さすがに白昼の人通りの多い駅前だったため、驚いた通りがかりの中年男性が、「大丈夫ですか? 何があったんですか?」と声をかけて、止めに入ろうとしてくれた。しかし、Aさんは恐怖のあまり放心状態だった。自分が暴力を受けている理由も状況も理解できず、助けを求める声すら出すことができなかった。

すかさず先輩が、「関係ないんで、大丈夫です」と、中身のない返事をしてその場を取り繕い、男性を追い払った。

そのあとは、人気のない路地裏に無理やり連れて行かれ、暴行が続行された。「殺すぞ」「バカ」「クソ」と言われながら、Aさんは回し蹴りを受けた。Aさんの顔と体は赤く腫れ上がり、痛みは数日引かなかった。

しかも、恐ろしいことに、こうした流血事件は、見知らぬ人たちの目の前で血だらけになったということを除けば、この会社では決して珍しいことではなかった。先輩社員による後輩への暴力が、当然のように横行していたのだ。