現地に溶け込むためにネクタイは不要

調味料や加工食品を海外に浸透させるには、これと正反対の作業が必要になるわけだ。自分たちの食文化を相手に伝えるのではなく、相手の食文化を理解して、その中に我々が持つ素材をどのように組み合わせてもらえば、料理がよりおいしくなるかを訴求しなければならない。

海外で活躍している味の素の営業マンは、アジアだけでも3000人(現地法人の社員を含む)いるが、彼らの営業スタイルはきわめて地道だ。

うま味は世界に普遍的なものであり、特にアジアには発酵食品のうま味を利用する食文化を持った国々が多い。うま味を理解しやすい下地はある。しかし、池田博士がうま味を“発見”したことが象徴するように、うま味とはそもそもはっきりと意識されていないものだ。いまだにうま味という概念を持たない人々に、これがうま味であると理解してもらい、弊社の商品を使うことで料理にうま味を簡便に添加できることを伝えていくのは、並大抵の努力ではない。

味の素の営業マンは現地に徹底的に入り込むため、市場のおばさんと話して食べてもらったり、村の集会場を借りて娯楽の会などを開催し、集まってくれた人々に試食をしてもらうといったキャラバンを何百回も繰り返す。完全に、ネクタイ不要の仕事である。

現地の人の話をじっくり聞いて、彼らの食文化とどのように組み合わせれば調味料が役に立つか、必死にレシピを考える。そうしなければ、料理の一素材である調味料を売ることはできないのである。

自分が持つ個性を深く探求し、その個性を何とどのように組み合わせたとき、お客様に喜んでいただけるのか、世の中の役に立つのか。それを明確に意識して仕事をしなければ、調味料同様、会社組織の中でもグローバルな社会でも、有用な人間にはなれない。

こうした意識を持つ人を「志のある人」と呼ぶのだと私は考えている。

※すべて雑誌掲載当時

(山田清機=構成 大杉和広=撮影)