警察庁刑事局長、警視総監、内閣危機管理監を歴任した野田健さんは、長い間人事に携わってきた。警察庁は1年ごとに赴任地が変わることもあるほど転勤が多いが、出身地に配属されることはないという。その理由を、ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが聞いた――。

※本稿は、野地秩嘉『警察庁長官 知られざる警察トップの仕事と素顔』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

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写真=iStock.com/Orthosie
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県警本部長は縁故地に赴任できない

【野田】私の警察官人生のなかで長かったのは人事です。人事を長くやっていると、警察幹部になる道筋、長官や警視総監になる道筋がよくわかります。私がやったのは採用の手伝いから、「ヤジルシの関係」など、さまざまです。

ヤジルシっていうのは異動のこと。警察だけでなく、他の官庁や民間でも使う言葉だと思います。警察庁に入った人間は1年半から2年で代わるから異動は大変。キャリアだと何年採用でどこの出身なのかはちゃんと押さえておかなくてはならない。また、ノンキャリアでも警察庁にいる人もいます。その人もまた異動の対象になってくる。

異動に関して気を付けるのは縁故地の問題。おそらく縁故地というのがあるのは警察だけでしょう。私の場合、本籍は横浜で出身は滋賀県。人事課の登録では、私の縁故地は滋賀県となっています。また、東京が長かったから東京も縁故地。横浜はほとんど知らないし、本籍だけですから、縁故地ではない。滋賀県だって、生まれてから2年弱ですからよく知らないのだけれど、それでも一応、縁故地です。

なぜ、警察が縁故地を気にするかと言えば、そこで生まれ育った人は地元と深い関係ができている。すると、県警本部長になったとたんに取り入ってくる人が現れるかもしれないという前提に立っているわけです。ですから、警察では縁故地の県警本部長をやらないことが不文律になっている。

「妊娠していますか?」配偶者のことまで詳しく聞く

ただ、妙な話ですけれど、私は滋賀県の県警本部長になったんです。それは人事が「野田には一度は近畿の警察を経験させた方がいいだろう」と考えたからでしょう。あの時、人事は「滋賀県出身だけれど、生まれただけだから関係ない」と判断しました。このように、縁故地を登録させるけれど、機械的な判断ではない。個人の詳しい状況まで知っているのは警察の人事くらいのものでしょうね。

縁故地だけじゃありません。警察は個人情報を相当、詳しく聞きます。人事記録は毎年更新するのですが、ある時、50歳を超えた大先輩に配偶者の懐妊の有無について記載を求めたら、「お前、俺の家内をいくつだと思ってるんだ」って怒られたことがあります。人事記録はどれも同じ様式ですから、若い人だけでなく、大幹部にも同じことを聞くことになる。

なぜ、妊娠しているかどうかまで尋ねるかというと、異動には引っ越しが伴うから妊娠していると大変だという配慮なんですが……。もちろん個人情報ですから、本人がそういうことは言いたくなければ言わなくていいんです。だけど、警察の人事マンとしては言ってもらった方がいい。