工程表に設定された“目標項目”を無視

年の瀬も押し詰まった12月16日、福島第一原子力発電所の事故について野田佳彦首相は、「原子炉が冷温停止状態に達し、発電所の事故そのものは収束した」として、今回の原発事故の「収束」を宣言した。

だが、いうまでもなく事故処理はいまだに続けられている。それが一段落したかのような“勝利宣言”には、誰もが違和感を覚えたに違いない。野田首相はいったい何を高らかに“宣言”したいのか。

実際、このニュースを地元や疎開先で見た住民たちは、「まだ、この辺りの高い放射線量は下がっていないのに……」「収束したのであれば、私たちはなぜ戻れないのか?」と混乱気味だ。欧米のメディアも、「溶けた核燃料は高温のまま不安定。これは日本政府のプロパガンダだ」(独ZDF)、「世論の怒りをなだめるための勝利宣言」(米NYタイムズ)と厳しい論評を伝えている。また「官僚派で原発推進派」を自認する全国紙記者たちでさえ、「工程表ステップ2の年内終了を“達成”するための“粉飾”宣言」「野田さんは、事故処理の采配を国内外で評価してもらいたいのでは?」と“身内”への否定的な見方を隠さない。

住民を混乱させ、“味方”の大新聞にまで皮肉られる「収束宣言」が、国民に虚言としか受け止められないのは、「冷温停止状態に達した」「発電所の事故そのものは収束した」という野田首相の言葉そのものが事実に反するからだ。そこには、いくつもの“嘘”がある。

まず、不明なことを根拠があるかのように伝え、政治的成果を誇示するために国民を欺いている点だ。圧力容器の底が抜けた1号機では、今や燃料棒の状態すら不明。依然としてまともに建屋にも入れる状態ではない2~3号機に至っては、計測機の調整もできないため、状況認識自体がまず不可能だ。もともと「冷温停止」という言葉の定義自体が曖昧であり、「100度以下」という基準は単に水が蒸気にならない温度だからでしかない。前述のように状態そのものが不明であるため、いつまた温度が上昇するかも予測不能だ。

事実、9月末にいったんは温度が下がっていた原子炉から、11月上旬に放射性物質のキセノンが検出されている。炉内の核分裂が終わっていなかったからだ。ところが、政府と東京電力は、それを予測できないまま11月中旬に「収束宣言」を予定していた。12月中旬の「宣言」時点でも、判断材料にはさほどの違いがないため、それは不明ばかりの状況判断に基づく「暗中模索の収束宣言」でしかないということだ。

また、「収束」のために工程表で設定した目標項目そのものも無視されている。「事故収束」に向けて作成された工程表には、使用済み核燃料プールや汚染水、地下水、大気放出、余震・津波対策……と、分野ごとの作業スケジュールが列記されている。その項目のすべてを完遂して、はじめて「事故収束」となる。今回、事故収束宣言の理由として野田首相が挙げた「原子炉(の安定)」は、その中の一つにすぎない。まるで、複数ある試験科目中の1科目を中途半端に勉強した受験生が、親と教師に「受験勉強が一段落した」と“収束宣言”しているようなものだ。

街全体に燃え広がった火事の“火消し”をしている真っ最中に、「出火した家の台所の温度が下がった。その意味で火事は一応“収束”した」と言われても、誰も納得できまい。作文した官僚を含めて、野田政権は国民の情報感知力や理解力を相当低く見ているとしか思えない。