谷井等さんは2014年、自身が立ち上げた「シナジーマーケティング」を売却した。ところが、2019年に異例となる「買い戻し」を行い、話題を集めた。「一生遊んで暮らす」ことも考えた谷井さんは、なぜ再び経営の一線に戻ったのか――。(聞き手・構成=ジャーナリスト・秋場大輔)
シナジーマーケティングの谷井等会長
撮影=門間新弥
シナジーマーケティングの谷井等会長

ヤフーから会社を買い戻した異色の起業家

「最も優秀な学生の進路は研究者や官僚。これが一昔前の定番だったけれど、今は起業家がダントツだよ」。東京大学で教鞭を執る知り合いにそんな話を聞いたことがある。「2、3年で辞めて会社を立ち上げようとする人が絶えない。うちに入ることがそのステップアップになっている」。大手商社首脳はそうぼやく。

起業は特別ではないという時代の到来。それはきっと喜ばしいことに違いない。しかしこれまでにないビジネスを立ち上げ、価値を創造しようという人がいる一方で、バイアウトで巨万の富を得ることが目的化している人も少なからずいる。

谷井等氏は今から20年前、まだ起業が特別だった時代に企業向けマーケティング支援事業を手掛けるシナジーマーケティングを起業した。2014年、これをヤフーに売却したものの、5年後に買い戻した。「一周回った起業家」は何を思って返り咲いたのか。その目に今の起業家はどう映るのか。話を聞いてみた。

「家を捨てる気か」と怒られてもインターネットの世界へ

——起業の経緯を教えてください。

大学を卒業してNTTに入社したのですが、水に合わなくてすぐ辞めちゃったんです。それで昼間は大阪の実家で働き出した。洋服屋なんですよ。17坪のお店で紳士服を売っていました。

一方、夜はメールをグループでやり取りできるサービス、メーリングリストの事業化を進めていました。NTTでは自由に作れたのですが、外に出ると無料で使えるものがない。それなら自前でやろうと思った。それで1997年にデジタルネットワークサービス(その後、インフォキャストに改組)という会社を友人と立ち上げました。

この会社は幸いうまくいったのですが、おかげで岐路に立ちました。洋服屋を継ぐか、インターネットのビジネスに踏み込むかという二択を迫られたんです。結局、ネットビジネスを選んだのは成長分野だから。一方の洋服屋は在庫を抱えるのがしんどいなと思ったからです。親父には「谷井の家を捨てる気か」って怒られましたけれどね。

——インフォキャストは2000年、楽天に売却しました。

もともとは上場を目指していたんです。それで監査法人や証券会社の世話にもなっていたんですが、途中で断念して楽天に買ってもらいました。ネットバブルが弾けたのが理由の一つ。もう一つは同業がアメリカにあって、それが米ヤフーに買収されたからです。当時の顧客数は30万人くらいでしたが向こうは1000万人。それをヤフーが買えば、日本にも入ってくるだろうし、そうなれば太刀打ちできないと思ったからです。