生命にとって、なぜ分解=壊すことがそれほど大切なのでしょうか。この世界がエントロピー(乱雑さ)増大の法則に支配されているからです。秩序あるものはすべて磨耗し、酸化し、ミスが蓄積して障害が起こり、無秩序の状態になっていく。この不可避の流れに抗するために、生命が取ったのが自らを常に壊し、再構築するという自転車操業的なあり方でした。

生物のあらゆる組織や細胞は日々新たにつくられ更新され続けています。分子レベルで見ると、今日の自分と明日の自分はまったく違う存在といえるのです。常に変わりつつ一定の状態を保っている。その絶え間ない流れ自体が「生きている」ということです。1937年、シェーンハイマーという学者がこうした生命のあり方を「動的平衡」と名づけました。

すべての情報を日々分解して洗い流し、さらに新たな情報やエネルギーを取り入れていくことが生命の本質だとしたら、上司や顧客の一言、自身のブログに書かれた批判といった些細なことに動揺し、いつまでも拘泥することがいかにくだらないか、と思えます。

いま、何気ないつぶやきを書き込んで発信するサービスが話題を集めていますが、こんな時代だからこそ忘れることの大切さを強調したい。動的平衡の考え方に基づけば、忘れなければ新しい情報は得られず生命は死んでしまいます。忘れていけないことなどありません。そういうものはまた向こうからやってくるはずですから。

(荻野進介=構成 相澤 正=撮影)