<strong>三菱重工社長 大宮英明</strong>●1946年、長野県生まれ。69年、東京大学工学部航空工学科卒。航空宇宙事業本部で航空機の開発・設計に長くかかわる。2002年、冷熱(空調機)事業本部に転じ、同部門の黒字化などの実績を残す。常務、副社長を経て、08年より現職。
三菱重工社長 大宮英明●1946年、長野県生まれ。69年、東京大学工学部航空工学科卒。航空宇宙事業本部で航空機の開発・設計に長くかかわる。2002年、冷熱(空調機)事業本部に転じ、同部門の黒字化などの実績を残す。常務、副社長を経て、08年より現職。

航空機の開発・設計に32年間携わった後で2002年、空調機などの冷熱事業部門へ移って圧倒されたのは現場のスピードの速さでした。航空機は開発に10年、月産多くて数機ですが、エアコンは20数秒に1台がラインを流れます。

700種以上に及ぶ当社の製品は、航空機、発電用設備、原子力機器などの受注品と、空調、印刷機、フォークリフトなどの中量産品とに分かれ、性格が大きく異なります。ただ、受注品の開発・製造に中量産品のノウハウを導入すれば、もっとサイクルが速まるのではないか。そう思ったことが、07年に副社長として、「ものづくり革新活動」を任されたとき、一番のベースになりました。

当社では40年ぶりの国産小型旅客機「MRJ(ミツビシ・リージョナル・ジェット)」の生産が近々に始まります。社の命運がかかるMRJ事業が軌道に乗るまで全社で支えていく。それには、低水準にある収益性をいかに向上させるかが大きな課題となっていたのです。

例えば、船舶です。以前は受注のたび、設計を行う「一品生産」でした。しかし、顧客が違っても共通する部分はかなりあります。そこで、中量産品と同様に設計の標準化・共通化を導入し、「繰り返し型生産」に近づける大改革を断行しました。結果、リードタイムが大幅に短縮。品質も向上し、納品後のトラブルに対応する時間も減少しました。標準化・共通化は今、全社で進めています。

同時に、個々の業務プロセスについて取り組んでいるのが「巻紙分析」によるロスの見える化です。巻紙分析とは、大きな紙の上で縦軸に担当セクション、横軸に時間軸をとって、各工程のインプットとアウトプットを時間軸上で示し、それぞれを線で結んで業務の全体像を可視化し、問題点を探し出す改善手法です。

すると、入ってきた注文票が机の上に3日間置かれているとか、加工する機械がふさがって何日も待機したりとか、作業自体より、滞留時間のほうがはるかに長いことがわかります。このロスをなくす。私が冷熱事業へ移る前、1年ほどいた産業機器事業部でたまたま、コンサルタントの指導で取り組んでいて、いっぺんで気に入り、全社に取り入れました。航空機の事業所などでは部屋の壁三面を使って、特大の巻紙分析を行っています。

製造業は製品をいかに速く市場に投入するか、タイム・トゥ・マーケットを最小限に縮めることがコスト競争力を左右します。当社の場合、時間短縮のさまざまなベストプラクティスをもちながら、縦割り組織の中で分散していました。

例えば、航空機の開発は試験飛行で絶対安全であることが求められるため、三次元のコンピュータ・シミュレーション技術が非常に進んでいます。ほかの事業でもシミュレーションを駆使して試作レスの開発を行えば、リードタイムは大幅に短縮できます。縦割りに横串を通し、設計の標準化・共通化や試作レス開発など、ベストプラクティスを波及させる。事業ごとにタイム・トゥ・マーケットが短縮されれば、次の新しい製品開発に時間を投じることが可能になります。

最悪なのは、試作しては問題が生じて設計変更に追われ、納品後もトラブル対応に忙殺される“悪魔のサイクル”に陥ることです。これを前向きの“天使のサイクル”へ転換する。それが「ものづくり革新活動」の核心テーマです。

※すべて雑誌掲載当時

(勝見 明=構成 芳地博之=撮影)