岸田文雄首相は、10月10日、総裁選で公約に掲げた「金融所得課税の見直し」を当面の間、撤回する意向を示した。ジャーナリストの鮫島浩さんは「岸田首相は『小泉政権以降の新自由主義からの転換』を訴えているが、アベノミクスは否定していない。公約を撤回したように、所得の再分配に後ろ向きになれば、結局はアベノミクスと変わらない」という――。
衆院本会議で所信表明演説をする岸田文雄首相
写真=AFP/時事通信フォト
衆院本会議で所信表明演説をする岸田文雄首相=2021年10月8日

ぼやける衆院選の争点

岸田文雄首相が「新しい日本型の資本主義」を掲げている。20年前に誕生した小泉純一郎政権以降、安倍晋三政権や菅義偉政権へと受け継がれてきた規制緩和や構造改革などの新自由主義的な政策は、日本経済を成長させる一方、「富める者と富まざる者、持てる者と持たざる者の分断」を生んだと総括。「新自由主義からの転換」を進め、「成長と分配の好循環」をめざすという主張だ。岸田首相が「分配」政策の目玉として自民党総裁選の公約に掲げたのが「金融所得課税の見直し」だった。

岸田首相は10月8日に衆参本会議で行った就任後初の所信表明演説でも、富の分配によって中間層を拡大させる「新しい資本主義の実現」を表明。新自由主義的な政策が「深刻な分断を生んだ」と主張し、「成長と分配の好循環」というキーワードを掲げて「分配なくして次の成長なし」と訴えた。

このような主張は、安倍政権が進めた経済政策「アベノミクス」が貧富の格差を拡大させたと批判し、所得の再分配を唱える野党・立憲民主党の衆院選公約と重なる。マスコミ各社は岸田政権が「成長」より「分配」を重視していると報道しており、与野党の対立軸はぼやけつつあった。

分配の目玉政策は早々に先送り

ところが、岸田首相は10日のテレビ番組で、目玉公約の金融所得課税の見直しについて「当面は触ることは考えていない。まずやるべきことをやってからでないとおかしなことになってしまう」と述べ、早くも撤回したのだ。

「さまざまな課題のひとつとして金融所得課税の問題を挙げたが、それを考える前にやることはいっぱいあるということも併せて申し上げている」「そこばかり注目されて誤解が広がっている。しっかり解消しないと関係者に余計な不安を与えてしまう」という弁明の数々は、岸田首相の実行力への疑念を膨らませるばかりだ。

岸田首相はキングメーカーである安倍氏と麻生太郎副総裁の強力な支援を受けて自民党総裁選に勝利したため、「安倍氏と麻生氏に完全支配された傀儡政権」と指摘されている。安倍・麻生両氏と親密な甘利明氏を政権の要である自民党幹事長に起用。内閣・自民党の主要ポストは「安倍、麻生、甘利の3A」に近い人物で固められた。金融所得課税見直しの撤回は、3Aが推進してきたアベノミクスを否定することは絶対に許されない岸田首相の限界を早々に露呈することになったのである。