2021年7月の東京都議会議員選挙で初当選した五十嵐衣里さんは、中学時代に不登校になり、高校へは進学せずにフリーターになった。その後、22歳のときに一念発起して勉強を始め、30歳で司法試験に合格している。その原動力は何だったのか。五十嵐さんに話を聞いた――。
東京都議会議員の五十嵐衣里さん
撮影=今村拓馬
東京都議会議員の五十嵐衣里さん

今でも思い出すことに苦痛を伴う「いじめ」の記憶

2021年7月の東京都議会議員選挙で初当選した五十嵐衣里さんは、政治家としては異色の経歴の持ち主だ。中学2年の頃から不登校になり、高校には進まずフリーターに。そこから一念発起して勉学に励み、弁護士になった。政界に進むことを決意したのは「誰も取り残されない社会をつくりたい」という決意からだ。一時は「死んでしまうかもしれない」とまで思いつめた彼女の目に、今の社会はどう映っているのか。

学校に行くのをやめたのは、静岡市内に住んでいた中学2年生の頃だ。ある日突然、クラスメイトからポケットベルに「きもい」「死ね」などといったメッセージが届くようになった。無視されたり、私物を隠されたりと、心無い嫌がらせも受けるようになった。

「強い立場にあるグループの子たちが、そのときの気分でいじめの対象を決める。私の順番がついに来たんだなという感じでした。学生時代にはよくあることですよね」(五十嵐さん)

そう語る口調は淡々としているが、記者が質問を重ねるにつれて、だんだん弱々しくなっていく。30代になった今でも、当時のことを思い出すのは苦痛を伴うのだ。いじめられていると気付いてまもなく、登校できなくなった。いじめがエスカレートして、自分の体や心が一層傷つけられていくことを思うと、足がすくんだ。

学校に行かないことは、自分自身を殺さないための選択

「学校へ行かずに『普通』のルートから外れることが、将来、どういうふうに影響してくるかは何となく理解していたつもりです。でも、尊厳を削られたくなかった。平気な顔をして耐え抜ける自信もなかった。事情を知らない両親には泣きながら『学校へ行ってくれ』と頼まれましたが、学校に行かないことは私にとって、自分自身を殺さないで済むための選択だったのです」(五十嵐さん)

もともと集団生活が苦手だったわけではない。小学校時代は楽しく通学していた。でも、そのいじめをきっかけに、自信も意欲も奪われた。高校へ進む年齢になっても変わらず迫ってくる、「また攻撃されたらどうしよう」という恐怖。勉強は好きだったが、その恐怖を乗り越えてまでやらなければならないものとは思えなかった。中学を卒業すると、自立のためアルバイトで働くようになった。

「高校に行くという選択肢は自分の中になかった」と語る
撮影=今村拓馬
「高校に行くという選択肢は自分の中になかった」と語る