生まれと育ちはどちらが重要なのか。脳科学者の中野信子氏は「ラットを使った実験によると、育ててもらった経験によって脳が変化することがわかっている。遺伝だけですべて決まるわけではない」という――。(第1回)

※本稿は、内田也哉子・中野信子『なんで家族を続けるの?』(文春新書)の一部を再編集したものです。

社会は「血縁」にこだわるところがあるが…

【内田也哉子(エッセイスト)】私は子どもを三人、授かっているんです。それでよく考えるのですが、「血縁」ということに私たちの社会はこだわるところがあるじゃないですか。でも、実はそこは本質じゃないんじゃないかと私は信じたいところがあるんです。自分の親に対するいろんな反抗心も含めて、血のつながりから解放されたいという思いもあるし。

脳科学者の中野信子さん
脳科学者の中野信子さん(写真提供=文藝春秋)

では、家族において「親子」に焦点を絞ったとき、「血縁」と「生まれたときからずっと共有してきた時間」というものは、価値を比べるのも変だけれども、人間の脳内ではどう整理されるのかなと。

【中野信子(脳科学者)】それだけで五時間も六時間もしゃべれるような内容ですよ。同じように悩まれた学者もいっぱいいたようで、いっぱい実験があるんです。

【内田】では未解決ですか?

【中野】ある程度、示唆的な結果は出ています。也哉子さんが欲しいのはこういう答えなんじゃないかなって、今、私の脳内で一生懸命探しているんですけど……。

【内田】欲しい答えをくださる(笑)。

育ててもらった経験によって、脳そのものが変化する

【中野】例えば、ラットのストレス耐性の実験というのがあります。高床式の通路を作製して、一部の床を下が見えるように透明にしておきます。すると、ラットは透明な床を怖がるんですね。だから、透明な床の先にある餌を取りに行かない。でも、なかにはあまり怖がらない、透明な床によるストレスがあんまりかからないラットもいて、餌の魅力のほうが勝って、透明な床であろうがズンズン餌を取りに行っちゃう。このラットのストレス耐性の違いはどこから来るのかということを調べた実験があるんです。

ラットという動物は、子どもを舐めて育てるんですね。グルーミングをして育てる。ただ、よくグルーミングをするお母さんと、あまりしないお母さんがいる。すると、よくグルーミングされて育ったラットのほうが、透明な床の先にある餌をよく取りに行ったんです。ということは、よく子どもを舐めるお母さんがそもそもストレス耐性が高くて、それを子どもは受け継いだのか。それとも、グルーミングが大事なのか。

これを調べるために、巣を取り換える実験をするんです。よく舐めるお母さんから生まれた子どもを、よく舐めないお母さんの巣に移す。逆に舐めないお母さんから生まれた子どもを、よく舐めるお母さんの巣に移す。そうすると、育てのお母さんと産みのお母さんのどっちの影響が大きいかがわかりますよね。どっちの影響が大きいと思いますか?

【内田】育ててもらったお母さんの影響が大きい、接した時間のほうが大事だというふうに思いたいんだけど。

【中野】おっしゃるとおりです。この実験では、育てのお母さんのほうが影響が大きかったんです。よく舐められたほうがストレス耐性が高いんですよ。

【内田】そうなんだ。

【中野】で、脳を切って調べてみると……ちょっとかわいそうなんですけど……。

【内田】さっきからかわいそう。

【中野】ごめんなさい、ラットさん。脳の海馬と扁桃体――これが恐怖を感じる場所なんですが――、この二カ所がお母さんが舐めることによって変化していたんです。つまり、接している時間、育ててもらったという経験によって、脳そのものが変化したわけです。別に遺伝だけですべて決まるわけじゃない。一緒に接している存在もとても大事ですよ、ということを示す実験です。