菅政権は「安倍政権の継承」を謳っている。その外交政策はどのようなものになるのか。外交ジャーナリストの手嶋龍一氏と作家の佐藤優氏の対談をお届けする――。

※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『菅政権と米中危機 「大中華圏」と「日米豪印同盟」のはざまで』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

荒天の国会議事堂
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「安倍政権の外交政策を一言で説明せよ」と言われたら…

【佐藤】対中国政策は菅政権のアキレス腱になる可能性があると思っています。「自由と繁栄の弧」構想は、第二次安倍政権の途中までは継続されてきたと考えています。

【手嶋】ということは、安倍政権は、7年8カ月の間に外交政策の舵を途中で切ったとみているわけですね。

【佐藤】そうです。ですから、「安倍政権の外交政策を一言で説明せよ」と言われても返答に窮してしまいます。

【手嶋】そうだとすれば、建前として「安倍政権の継承」を謳う菅政権が、いったい何を引き継ぎ、どこを捨てるのか。菅外交の今後にも関わる重要な話になりますね。

【佐藤】「自由と繁栄の弧」に象徴される安倍外交は、民主主義の価値観を前面に押し立てた外交なんです。自由や民主主義、基本的人権、市場経済といった普遍的価値に依拠しながら、外交政策を立案し、大胆に実行していったわけです。

【手嶋】「日米基軸」「アジア諸国との友好・善隣」「国連中心主義」といった総花的な従来の日本外交からすれば、随分とエッジが効いたものになっていますね。

【佐藤】しかし裏を返せば、普遍的価値を共有できない中国など権威主義的な国家は力で封じ込めていく外交政策に他なりません。結果的に、日本と中国、ロシアとの関係は冷え込んでいきました。ロシアに関して言えば、対ロ強硬派の原田親仁氏(前ロシア大使)が政府代表として北方領土交渉にあたったのですが、袋小路に入ってしまった。前期の外交は、手詰まり感が顕著になったと私は見ています。

安倍官邸が行った「外交機関」のリシャッフル

【手嶋】そうした手詰まり感もあって、安倍外交は新たに舵を切ったと佐藤さんは見立てているわけですね。さて、どのようにして転換を図ったと見ているのですか。

【佐藤】ズバリ、「安倍外交機関」のリシャッフルです。後期の安倍官邸で外交政策に大きな力を揮ったのは、今井尚哉首席秘書官兼補佐官、それに内閣情報官から国家安全保障局長となった北村滋氏のふたりでした。

【手嶋】日本のメディアでは、このふたりは、安倍総理の側用人のように書かれていますが、総理に個人的に仕える秘書的な存在ではなく、「安倍機関」の主要なパートを受け持つ公人という位置づけですね。

【佐藤】その通りです。このふたりは、「安倍機関」の不可欠な一員として、国家に仕えている官僚であり、権力を私物化しているのではない。その対極にいる官邸のプレーヤーだと見るべきでしょう。